第549話 ホセとエドの睨み合い

 なんだか少し意識してしまって、いつもより少し口数少なく買い物をした。

 改めて意識して見てみると、ホセの……あのホセの紳士度が増している事に気付いた。



 これまでは私が離れそうになると、頭を掴んで方向転換させられていた。

 それなのに、今日は手を繋いでいなかった時に肩! 肩に手を回して引き寄せられたのだ!!



 買い食いをした時も、以前口の端にソースをつけていたら、中心から外側に向かって適当に拭われていたのに、今回は親指で口の端から唇をなぞるように拭われたし!!



 おじいちゃん!?

 おじいちゃんが教え込んだ紳士ムーヴなの!?

 いや、むしろこれは紳士がする行動ではない。



 エリアスなら息をするように自然にやっていそうな行動だけど、まさかホセがするなんて!

 ……という動揺を隠しながらの行動だったので、口数が減ったともいう。

 だけどウルスカだと手に入りにくい調味料とか、食材とかたっぷり買えたからよしとしよう。



「ホセ、わかってると思うけど、買い食いしたのは内緒ね」



「ククッ、ビビアナがいねぇからバレても大丈夫だって。真っ先にずるいって言い出すのはビビアナなんだからよ。まぁ、じいさんにはどうせニオイでバレるだろうけど」



「あ……っ。だ、だけどおじいちゃんは気付いても、リカルドとエリアスにはバラしたりしないから!」



「じいさんはアイルの味方するから、そうだろうな。全く、アイルには甘過ぎるだろ」 



 そう言って肩をすくめるホセ。

 だけどその言葉には、自分の方が愛されている確信があるように感じる。

 これは出会った頃のホセには無かった雰囲気だ、やはり血縁者の存在は大きいのだろう。



「ビビアナとアリリオは元気にしてるかなぁ」



 新たに血縁者ができて、幸せそうなビビアナの笑顔を思い出す。



「お前……、エンリケとセシリオも思い出してやれよ」



 ホセが呆れた視線を向けてきた。



「あの二人は病気になったところを見た事ないから、きっと大丈夫だもん」



「あ~、確かにな。そういや前にビビアナが熱出した時は、めちゃくちゃ甘やかしてたもんな。食いてぇって言ったもんは全部用意してたし、熱が下がるまでおかゆも食べさせてたしよ」



「だって、『希望エスペランサ』で体調崩したのって、私とビビアナだけだよ? そのせいか他のメンバーはあんまり心配にならないの!」



「それじゃあ……」



「ん?」



「オレも体調崩したら、ビビアナみたいに甘やしてくれるか?」



 繋いでいる手に少し力が入った。

 心なしか、その手がしっとりしているような……。

 もしかして緊張してる!?



「そりゃあね、甘やかして欲しいなら……」



「じゃあ約束な」



「う、うん……。だけど病気しないのが一番なんだからね?」



「わかってるよ」



 そんな会話をしながらエドの屋敷に戻ると、自室の窓から血涙を流さんばかりの表情で戻って来た私達を見ているのを目撃してしまった。

 ほんの一瞬で、瞬きした次の瞬間にはいなくなっていたから見間違えたんだろうか。



 ドアの前で警備しているエロイとイケルに声をかけてから玄関のドアを開けると、物凄く爽やかな笑顔のエドが立っていた。

 走ったのならともかく、歩いて来たのならエドの部屋から玄関まで、この短時間で来るのは無理だ。

 やっぱり見間違いだったのかもしれない。



「おかえり、アイル。いい買い物はできたかい?」



「ただいま、エド。うん、やっぱりウルスカに比べたら、トレラーガは品揃えがいいよねぇ。前に比べたらウルスカも結構品揃えがよくなったんだけど」



「伊達に交易都市とは呼ばれてないからね。それにしても随分……仲良くしてるね?」



 エドは視線を私とホセの間に向ける。

 そういえば、ずっと手を繋いだままだったよ!

 そっと手を離そうとしたけど、ホセがしっかり手を掴んで離さなかった。



「ホセ……?」



「仲がいいのは当たり前だろ? オレ達は一緒に暮してる・・・・・・・し、仲間なんだから」



「ああ、そういえばホセは母親の面影をアイルに求めているんだったな。私とアイルが結婚したら養子にでもなるかい? はははは」



「ははは、面白れぇ冗談だな?」



 笑ってない、二人共目が全然笑ってないよ!

 二人の間に火花の幻影が見えるようだ。



「エド、私はエドと結婚なんてしないよ?」



「アイル!?」



 いやいや、なんで驚くの。

 仕方ない、ちゃんと理由を説明してあげよう。

 私はにっこりと微笑みを浮かべた。



「だって、エドは私の下僕なんでしょう? 飼い主と結婚しようとするなんておかしくない?」



 できるだけ尊大に言い放つと、隣からホセの視線が突き刺さった。

 わかってる、わかってるけど!!

 エドを諦めさせるのが優先だから!!



「アイル……。そうだね、私が間違っていたよ、隣に立たせるのではなくかしずかせたいのだね……!」



「ち、違……」



 あれ? でもここで頷かないと、結婚したいというエドを止められない……?

 だけど傅かせたいというのを認めるのは、かなり抵抗がある。



 期待するようなエド、ジトリとした目のホセ、視界の端にニヤニヤしているエリアス……って、エリアス!?

 見てたなら助けてよ!!

 目で訴えたのに、まるで自分の後ろに誰かいるんですか、と言わんばかりに振り返って肩を竦めている。



「ふふ、アイルの気持ちはわかったよ。私は君の所有物、そういう事だね?」



 エドは繋いでいない方の手を取り、チュッと私の手の甲にキスをした。

 否定したかったけど、その前にエドを探しにきたアルトゥロに連れて行かれてしまった。

 とりあえず隅っこでお腹を抱えて笑っているエリアスには、後で報復しないとね。

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