第545話 自分へのご褒美

「アイル! さてはお前がやったんだろ!! さっきちゃんと謝ったんだから引き上げろよ!」



 今私達がいるのは森の中、そしてわめいているのはさっきギルドでビビアナの事を悪く言った二人組である。

 その二人組がいる所、それは三メートル程の深さの穴の中だ。



「お前やったのか?」



 ホセが呆れた視線を向けてきた、完全なる冤罪えんざいだ。

 その隣でエリアスがため息を吐いた。



「アイル、大蜘蛛ビッグスパイダーの産卵時期の注意事項は覚えてる?」



「え、うん。確か……大蜘蛛ビッグスパイダーは産卵のために穴を掘っているから、産卵時期は特に移動する時は足元に気を付けなきゃいけないって……」



 もしかしてこの人達が落ちた穴って……。

 チラリと穴の中の冒険者達を見ると、私の声が聞こえていたらしく黙り込んでいた。



「正解! 穴に落ちたら大蜘蛛ビッグスパイダーの子供が孵化した時に食べる保存食になっちゃうからね!」



「うわぁぁぁ!! たっ、助けてくれぇっ!」



「いやだぁぁぁぁぁ!! 頼む! いや、お願いします!!」



 エリアスがイイ笑顔で言った瞬間、冒険者達は半狂乱で叫び出す。

 『希望エスペランサ』の男性陣から呆れた眼差しを向けられているというのに、エリアスはとても嬉しそうな笑顔のままだった。



「はぁ……、ロープを垂らすか。アイル、ギルドの訓練所に垂らしてある結び目のあるロープを作ってくれるか?」



「そんなのしなくても、二人だけなら浮遊魔法で引き揚げちゃえばいいよ。『浮遊レビテーション』」



「「うおぉっ!?」」



 ふわりと浮き上がって驚きの声を上げる男達。

 地面に到着すると這って穴から遠ざかった。



「良かったねぇ、私達がここを通りかかって。じゃなかったら数日後には……」



「「ヒィッ!!」」



「コラ、あまり驚かすんじゃない」



「はぁい」



 腰が抜けているのか、まだ立ち上がれない男達を脅かしていると、リカルドにたしなめられた。

 今後間違ってもビビアナの悪口を言わないようにするためにも、少しくらい怖い思いをさせてやればいいんだ。



「ほらほら、僕達はまだ調査しなきゃいけないんだから、先に進むよ。君たちはもう穴に落ちないように気を付けて帰ってね。次に落ちても僕達が通りかかるとは限らないんだから」



 エリアスが後ろから両肩を掴んで強引に進ませてきた。

 確かにあの人達に構ってる場合じゃないもんね。

 しかしその後は、小一時間歩いても他の産卵用の穴は見つからない。



「探索魔法でチャチャッっと終わらせられねぇの?」



 地道に探すのに飽きたのか、ホセがそんな事を言い出した。



「それが地面の下だから微妙にわかりにくいんだよねぇ。普通の穴と、産卵用の穴の違いがわかりにくいというか……。エンリケは年の功でその違いがわかったりしない?」



「まぁ、大体はわかるかな」



「えへへ……、エンリケ先生、ここはひとつお願いしても?」



「プハッ、何だい先生って。わかったよ、周りに誰もいないみたいだし。『探索サーチ』……うん、深部までにある産卵の穴はあと四か所かな」



「それくらいなら許容範囲だろう、ギルドへの報告としては十分だな。一応アイルが探索魔法を使った事として報告しようか」



「うん、そうしてくれると助かる」



 リカルドとエンリケの話もまとまり、冒険者ギルドへと戻って報告をした。

 ギルドへの報告が終わり、ついでに買い物を済ませて家に向かう。

 スキップする私を見て、エンリケが話しかけてきた。



「アイル、随分ご機嫌だねぇ、何かいい事でもあった?」



「えへへ、今日は出発前にアイスを仕込んできたんだ。午後から一時間おきにビビアナに掻き混ぜてくれるようにお願いしておいたから、帰ったら食べるんだ~!」



「お、アイス作るの久々じゃねぇ? オレも食いてぇな」



「もちろん! 皆で食べられるだけ仕込んできたから楽しみにしてて!」



 そうして家に到着し、早速冷凍庫へと向かったが、入っているはずの容器がない。

 ビビアナが間違えて冷凍ではなく冷蔵の方へ入れてしまったのだろうか。

 慌てて冷蔵の扉を開けてみるが、やはり容器が入ってなかった。



「?? おかしいなぁ……」



 さっきただいまって声をかけたから、今頃ビビアナもリビングにいるはずだから聞いてみよう。

 リビングへ向かうと、予想通りアリリオを抱っこしたビビアナがいた。



「ビビアナ、アリリオ、ただいま~!」



 こちらへ伸ばされたアリリオの手にチュッチュとキスをすると、唇を握りつぶそうとするのでサッと避ける。

 ニコニコしているからと気を抜くと危険なのだ。

 そして改めてビビアナにアイスの事を聞く。



「ビビアナ、アイスの容器が冷凍庫に入ってなかったけど、どこにある?」



 そう聞いた瞬間、ビビアナの目が泳いだ。



「アイスね、うん、あはは……」



「もしかして固まる前に容器をひっくり返しちゃったとか?」



「そうじゃなくて……、言われた通り混ぜていたのよ、スプーンでね。それで混ぜるとスプーンに付くでしょう? 付いた分を洗っちゃうのはもったいないから舐めるじゃない?」



「うんうん、混ぜる時はそれが楽しみなんだよね」



「つい、あとひと口だけって混ぜるたびに食べちゃって……」



「え、ま、まぁひと口ずつくらいなら、人数分作ったから少し減るだけで済むよ」



「それがね、あと少し、あと少しだけって食べてて気づいたら……」



 さすがにそこまで言われたらオチに気付いてしまった。



「ま、まさか皆の分も全部……?」



 項垂うなだれながら、上目遣いでコクリと頷くビビアナ。

 大体一リットルくらい仕込んであったから無くなっているなんて考えもしていなかった。

 本当は行きたくない森の調査に行く自分へのご褒美に食べようと思ったのに!



「うわぁ~ん! ビビアナのバカ~!!」



「あっ、アイル!!」



 ショックのあまり、私はリビングを飛び出した。



「アイツ今朝ビビアナを悪く言うヤツは許さねぇって言ってなかったか?」



「あはは、アイルは本当に面白いよね」



 私のいなくなったリビングで、ホセとエンリケがそんな事を言っていたらしい。

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