第542話 久々に教会へ

 冒険者ギルドに到着した私達は、ディエゴの妻であり受付嬢のバネッサに案内されてギルド長室にいた。



「ったく、心配かけさせるんじゃねぇよ。手足が千切れようが、怪我だったらアイルが治癒魔法で治せるってのに、記憶を無くして治癒魔法でも治せねぇって聞いてどれだけ驚いたことか」



 私達からひと通り説明を聞いたディエゴは、わざとらしく重ねた両手を自分の胸に当てた。



「しょうがねぇだろ、不可抗力ってやつだよ。話はエンリケから聞いたんじゃねぇの? むしろ俺達じゃなきゃ、あの大蜘蛛ビッグスパイダーの雄達みてぇに食われてたはずだぜ? なにせ普通の大蜘蛛ビッグスパイダーが子蜘蛛に見える大きさだったんだからな」



「まぁ、とにかく治ってて安心したぜ。ところでその変異種はここの解体場に入りそうか? あんまりデカいなら脚だけ先に外してアイルに預かってもらいたいんだが…………そんな顔をしてくれるな」



 ディエゴは私の顔を見てため息を吐いた、きっと猫のフレーメン反応みたいな顔になっていたと思う。

 だって、本体を丸ごとストレージに入れるのも気持ち悪いから気合がいるのに、解体した脚だけってなると余計に嫌なんだもん。



 虫系の魔物なんていなくていいと思うけど、結構素材的には美味しい種類が多いらしい。

 確かに大蜘蛛ビッグスパイダーの糸なんかホセの服もそうだけど、無いと獣人達が困るもんね。



「わかった、預かるよ」



「さっすが賢者様! 頼りになるぜ! じゃあ早速解体場へ移動しようか」



 承諾した私に、ディエゴはニカッと笑って立ち上がる。

 結局解体場で出すには大きすぎるという事で、私が洗浄魔法で綺麗にするという前提の元、訓練場で解体する事になった。



 変異種が置かれている間は訓練場が使えないため、訓練しようとしていた冒険者達が鈴なりになってその様子を見学している。

 できるだけ早く欲しい素材として糸袋を最優先で確保するため、お腹の一番大きい部分以外を回収して帰った。



 『希望エスペランサ』のメンバーが全員揃ったし、なんだかんだ半年予定の休養期間が早めに終わりそうな気がするのは私だけだろうか。



「なんかこのまま復帰させられそうだよな。オレはそれでも構わねぇけどよ」



 どうやらホセも同じ事を考えていたらしい。



「だよねぇ、私としては更に半年休養期間を延ばしてもいいくらいなんだけどなぁ」



「おまっ、それはさすがに長過ぎるだろ。時々訓練場で鍛えてるとはいえ、実際に歩き続けたりする体力も維持しなきゃならねぇんだからよ」



「だよねぇ、今回も結構森歩きで体力落ちてるのを実感したもん。瞬発的なものなら魔法でどうにでもなるけど、体力自体はどうしようもないって実感したよ」



 実際軽くだけど筋肉痛になってるし、帰りの道中も疲れていたからこっそり身体強化を使っていたのは内緒だ。



「やっぱり本格的に依頼を受けるようになる前に、体力戻すための依頼をいくつか受けといた方がいいのかもな。リカルドとエリアスが帰って来たから、交代で家を空けても問題ねぇだろ。まぁオレ達が出払ってもじいさんがいるわけだし、いざとなりゃ通信魔導具で連絡も取れるんだからよ」



「そりゃそうだけど、こうして出かけてる間にもアリリオがうつ伏せから仰向けへの最初の初寝返り戻りを成功させちゃうんじゃないかって心配なのに……っ」



 私の渾身こんしんの訴えに、ホセはチベットスナギツネのような顔で見てきた。



「お前なぁ、そんなもん最初だろうが二回目だろうが大して変わんねぇだろ。第一、家にずっといてもトイレとか風呂入ってる間に初寝返り戻りとやらをするかもしれねぇのに、いちいち気にしてたら生活できねぇじゃねぇか」



「うぐぐ……」



 ホセに正論で諭され、うめく事しかできない。



「そうだ、それより孤児院のやつらに森の異常が解除された事を伝えてくる。冒険者登録してるやつらからしたら、森に行けるかどうかで実入りがかなり違うからな。低ランクのやつらは出入り禁止されてただろ?」



「じゃあ私も行こうかな、最近顔出してなかったし」



 ……という事で貧民街スラムの教会へとやって来た私とホセ。

 そしてメルチョル司教とマザー達にも挨拶をと思ったのだが、なぜかメルチョル司教が妙に憔悴しょうすいしていた。



「マザー、メルチョル司教はどうしたんだ? いつもイキイキしてばぁさん達の相手してんのによ」



 ホセがしょんぼりと燭台しょくだいを磨いているメルチョル司教を親指で差して、マザーにたずねる。



「それが……、もしかしたら年内にでも教会本部に戻る事になるかもしれないらしくて、戻りたくないとずっとなげいていらっしゃるの。この教会には信心深いご年配の方々が多くいらっしゃると喜んでいらしたから……」



「えぇ!? そしたらこの教会はどうなるの!?」



 熟女専のメルチョル司教の趣味はともかく、またマザー達が苦労する事になったら嫌だ。

 だけどカリスト大司教だけじゃなく、オスバルド教皇までこの教会を認識してるんだから、放置されるって事はないと思うんだけど……。



「なぁ、今オレすっげぇ嫌な……じゃなくて、大変な考えが浮かんだんだけどよ。メルチョル司教の代わりに巡礼が終わったカリスト大司教が就任する、なんて事ねぇよな? …………あの時怪しい事言ってたし(ポソ)」



 笑みを浮かべようとして失敗して、頬を引きらせているホセ。



「あはは、まっさかぁ! だって大司教なのにこの規模の教会に就任するなんて事はないでしょ。司教ですら普通はもっと大きな教会だって言ってたじゃない、さすがにそれは考え過ぎだよ。ねぇマザー……、マザー?」



 お願いだからその微動だにしない微笑みをやめてください。

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