第541話 なごやかな朝食

「もがもごむぐぐぬ」



「リカルド、エンリケ、ホセをエリアスから引き離して。ホセ、抵抗しちゃダメよ?」



 背後から首に腕をかけられ、口も塞がれてなお満面の笑みで話そうとしているエリアスの救出を二人に指示するビビアナ。

 リカルドに羽交締はがいじめにされたホセの両手をエンリケがエリアスから引き剥がした。



「ぷはぁっ、助かった~! あのね、アイルがホセにキスしたんだって~!!」



 私が身体強化してエリアスの口を塞ぐのより早く、ホセから逃げ出したエリアスは大きな声で皆にバラした。



 エリアスの言葉を聞いてビビアナとおじいちゃんは嬉しそうな顔をし、リカルド、エンリケ、セシリオは驚いてポカンと口を開けたまま固まっている。



「えっと……、本当なのか? ホセが、ではなくアイルが?」



 戸惑いながらリカルドが聞いてきた。



「だって、昨日皆が焚き付けたんでしょ! だから……もしかして本当に記憶が戻るならって思って……。あっ、そうだ! 私まだベーコン焼いてる途中だったんだ! 続き焼いてくるね、もうすぐ完成だから!」



 私は食堂から逃げるようにキッチンへと戻り、再びベーコンを焼き始める。

 思わず逃げ出しちゃったけど、食堂でどんな話がされているのか想像したくない。

 フライパンの上でジュージューといい音を立てる厚切りベーコンを睨みつけながら、グッと下唇を噛み締めた。



 最後の一枚をフライパンから取り出してお皿に載せると、覚悟を決めて食堂へと向かう。

 よし、行こう。エリアスが無駄にニヤニヤしてたら攻撃魔法使っちゃうかもしれないけど。



 意を決して食堂に足を踏み入れたが、なぜか普段通りのなごやかな空気になっていた。

 私を揶揄からかうような視線も、含み笑いもしてる人はいない。

 


「お、おまたせ。卵料理はとろとろスクランブルエッグと目玉焼きが選べるけど、どっちがいい?」



 内心首を傾げながら、リクエストを聞いて皆の前に料理を並べていく。

 料理を並べ終わるとビビアナの向かいの席に座った。セシリオがいない時なら隣に座ってアリリオのお世話をしつつビビアナも食事ができるように手伝うのだが、今はいるから正面からアリリオを見ながら食べるのだ。



 最近は私達が食べるのを見ながら、時々口をもぐもぐ動かしたりするので凄く可愛い。

 一緒になって口を開けてる時なんて、最高に可愛いくてご飯をあげそうになってしまう。

 あげないけどね。



 皆のいただきますの声と同時に、カチャカチャと食器の擦れる音が食堂に響く。

 私もひと口分のベーコンを切り分けると、半熟目玉焼きにナイフを入れて、トロリと流れ出た卵黄をベーコンに絡めてパクリ。



「んん~! これこれ! やっぱりアイルの料理って美味しいよねぇ。 宿屋なんかでも同じレシピで作ってあるはずなのに、不思議だよね~。アイルの料理を食べると帰って来たって実感するなぁ」



 私の心の声を代弁するかのように、エリアスが言った。

 自分の料理が美味しいのは自分の好みの味付けにしているから理解できるけど、エリアスもそう思うのか。



「やはり焼き加減や味付け微妙な違いなんだろう。久々だから余計に美味うまく感じるのは当然だな。最近トレラーガとの間にある小さな村にまで宿屋ができるようになったおかげで野営はほとんどしていないが、それでもアイルの料理が恋しかったからな。正直アイルの料理が食べたくて早めに帰って来たようなものだ」



 隣に座っているリカルドが、少し照れくさそうに微笑んだ。

 えへへ、そっか。二人にとってもこの家が『帰る』家なんだね。



「んふふ、ベーコンも目玉焼きもスクランブルエッグもお代わりがあるから欲しければ言ってね。森の調査も終わったし、しばらくはいざという時のために料理の作り置きを色々溜めておこうかな。そういえばエンリケ、ギルドへの報告は大丈夫だった?」



「うん、ディエゴギルマスにはホセの件も含めて話しておいたよ、変異体の討伐も完了している事もね。報酬は昨日リカルドに預けておいたけど、調査だけじゃなくて原因も排除したし、素材も採取できたって話したら凄く喜んでいたよ。だから今日はアイルがギルドまで素材を届けてきてね、素材分の報酬は納品した時に渡されるから」



「わかった。じゃあ素材を納品した帰りに買い物してくるね」



「じゃあオレも行く。ディエゴはまだオレが記憶喪失だって思ってんだろ? 安心させてやらねぇとな」



 そう言ってスクランブルエッグを選択したホセは、残りの厚切りベーコンとスクランブルエッグをロールパンに挟んで頬張った。

 食堂に入る前は凄く身構えていたのに、こんなに穏やかな空気なのは逆に怖い。

 食後、結局ホセと一緒にギルドへ行く事になったので、道中さりげなく聞いてみた。



「ねぇホセ、食堂であれだけテンション上がってたエリアスとか、よくあの短時間で落ち着けられたよね?」



「……ククッ、ビビアナとじいさんのお陰だな。揶揄った分だけアイルが反発するから、オレの邪魔したくなけりゃ黙ってろってさ。じいさんは邪魔するつもりなら相応の覚悟しろとまで言ってたぜ? しっかし……、お前もビビアナの同類だったとはなぁ」



「へっ!?」



 間抜けな声を漏らした私を、ニヤニヤと笑いながら見下ろすホセ。



「だってそうだろ? これまでオレが好きだって言っても信じもしなかったくせによ、何も知らねぇ初心うぶなオレにゃキスだってしてくれたじゃねぇか」



 話を蒸し返されて、ボフンと音がしたのではと思うくらい一気に顔が熱くなった。



「言ったでしょ!? あれはもしかしたら記憶が戻るかもしれないって思ったから……っ」



「いやぁ~、まさかアイルがなぁ~」



 思わず繰り出した私の拳をホセがヒョイと避け、笑いながら先にギルドへと小走りに向かう。



「だから違うって言ってるでしょ~!」



 拳を振り回しながらホセを追いかける私という見慣れた光景に、ウルスカの住人達は声援と共に見送ってくれていた。


◇◇◇


@hisabomb1029さんからおすすめレビュー書いていただきました!

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