第539話 記憶喪失の間の記憶は

「お待たせ、皆お茶と果実水どっちがいい?」



 キッチンからおじいちゃんの淹れたお茶と果実水をコップに注いでからストレージに入れて戻って来たんだけど、なぜかホセ以外がニヤニヤしている。

 ホセはむしろムッツリと不機嫌というか、拗ねているような顔をして目を合わそうとしない。



「あ、僕は果実水がいいなぁ、なんだか甘いものが飲みたい気分になっちゃったんだ~」



 エリアスが真っ先にリクエストしてきたが、なぜか警戒したくなる笑みを浮かべている。

 全員分飲み物が生き渡ったので空いているソファ……ホセの隣に座った。

 ホセが妙にソワソワして落ち着かない様子なのはどうしてだろう、やはり知らない環境だからだろうか。



「それで自己紹介は終わった?」



「ああ、実際初対面の時もすぐに馴染んだからな、またすぐにいつも通りになるさ」



 私の問いに答えたのはリカルド、チラチラとホセを見ながら笑いをこらえているように見える。

 


「だけど冒険者にとって経験は命だからねぇ。実質Fランクって事になるから、早く思い出さないと色々と支障が出ちゃうだろうなぁ……。それって凄く困った事になると思わない? アイル?」



 笑顔でそう言うエリアスに嫌な予感が止まらない。



「ま、まぁそうだけど、どうしようもないよね……?」



「それがねぇ、確実ではないけど色々試す価値のある情報ならあるんだよ。ホセのためだもん、アイルならこころよく協力してくるって信じてるよ」



「えっ!? そうなの!? もちろん協力するよ! どうすればいい!?」



 もしかして過去にも大蜘蛛ビッグスパイダーの変異種で記憶喪失になった人がいたんだろうか。

 私に頼むって事は魔法が必要なのかもしれない。

 思わず立ち上がって向かいに座るエリアスに身を乗り出した。



「よかったねぇホセ、アイルが協力してくれるって! それじゃあホセにキスしてあげて」



「………………は?」



 ギギギと音が鳴りそうな首の動きでホセの方を見ると、さっきと同じムッツリと……いや違う、よく見ると顔がほんのり赤いから照れているホセが視線だけを私に向けた。



「やあねぇ、キスで呪いや魔法が解けるって三賢者の誰かが伝えた話だったはずよ? アイルもそういう話を知っているんじゃない?」



 満面の笑みでそう言うビビアナ、てっきり根拠のある話かと思ったら御伽噺おとぎばなし!?



「確かにそういうお話はたくさんあるけど、あくまで作られた話であって本当にあった事じゃないんだよ!?」



「だがアイル、私が騎士団にいる時に頭をぶつけて記憶を失った者もいたが、何かしらきっかけがあって記憶を取り戻すという事例が殆どだと聞いたぞ」



 反論した私に、お茶に口をつけながらおじいちゃんが言った。

 そりゃあきっかけがあって記憶を取り戻しただろうけど、それはきっとキスじゃないと思うの。



「だけどそういうお話でも大抵は恋人同士とかだし……」



「嫌ならそう言やぁいいだろ! 別に思い出さなくてもウルスカでずっと生活してたから困らねぇし!」



 ホセはそう言って立ち上がったかと思うと、止める間もなくズカズカと足音を立ててリビングを出て行った。



「あーあ、拗ねちゃった。随分わかりやすく拗ねたねぇ」



「多感な年頃だから仕方ないだろう」



「あの頃のホセってば結構尖ってたから懐かしいわぁ」



 エリアスを筆頭に、『希望エスペランサ』の三人はのんきな事を言っている。

 おじいちゃんは苦笑いしながら立ち上がった。



「リビングを出たはいいが、自分の部屋がどこかわからず困っているようだ。私が案内しておくから、アイルは後で洗浄魔法をかけてやってくれ。結局まだかけてないだろう?」



「あ……。うん、わかった」



 そういえばホセの事を説明しなきゃって事に気を取られて、洗浄魔法かけるの忘れてた。

 私も落ち着くためにお風呂に入ってからちょっと休もうかなぁ、そのくらいにはエンリケも帰って来るでしょ。



「私はこのままお風呂入って休むね、その頃にはホセも落ち着いてるだろうから洗浄魔法かけに行ってくる。あ、このソファにもかけておかなきゃね『洗浄ウォッシュ』」



 残りの果実水を立ったまま飲み干すと、私とホセが座っていたソファに洗浄魔法をかけた。



「そうね、調査で疲れたでしょうから休むといいわ。詳しい話はエンリケが帰ってから聞けばいいし、夕食はセシリオが帰りに買ってきてくれることになってるから気にしないくて大丈夫よ」



 ビビアナもそう言ってくれたので、使用済みのコップをストレージに放り込んでお風呂に入るべくリビングを出た。

 数日ぶりのお風呂を堪能し、サッパリとした気分でホセの部屋へと向かう。さすがにもう落ち着いているよね?

 二階に上がり、ホセの部屋のドアをノックする。



『ビビアナか? 開いてるぞ』



 ぶっきらぼうな返事にそっとドアを開けると、ホセはドアに背を向けてベッドに寝転んでいた。

 しかしスンスンと鼻を鳴らしたかと思うと、ガバッと身体を起こしてこちらを見た。



「アイル!? お前……なんで……」



 あれ? 全然拗ねても怒ってもない感じ?

 ちょっと緊張してたのに、ホッとして笑みが零れた。



「帰って来てからお風呂にも入ってないし、汚れたままでしょ? 洗浄魔法かけに来たの『洗浄ウォッシュ』」



 森の中でも洗浄魔法はかけていたから驚かず受け入れるホセ、だけどなんだかまた不機嫌になってる?



「チッ、なんだよ紛らわしい……」



 何やらブツブツ言っているが、もしかしてキスしに来たとでも思ったのだろうか。

 …………確か記憶喪失の間の記憶って、思い出すと忘れるっていうよねぇ。



 ベッドの上で胡坐あぐらをかいて床を睨んでいるホセにそっと近づくと、近付かれた事に気付いて不機嫌さを隠そうともせずに睨み上げてきた。



 チュッ



「他の人に知られたらうるさいだろうから内緒ね?」



 人差し指を口の前で立てて微笑む。

 酒の席で戯れに女の子ともキスをした事もある私からしたら、唇が触れるだけのキスのひとつやふたつ大したことはないもんね。



 さっきの雰囲気でエリアス達の娯楽にされるのが嫌だっただけだもん、これで本当に記憶が戻るとは思わないけど、もしかしたらって少しだけ思ったり思わなかったりはする。

 呆然をしているホセを残し、私は部屋を出た。



 この時点ですでにホセが自室のドアの押引きを間違えて頭をぶつけ、記憶を取り戻していたと私が知ったのは翌朝の事だった。



◇◇◇


@tomskさんがおすすめレビューを書いてくださいました!

ありがとうございます!!(*´∇`*)



そして今回少し更新が遅くなったのは……、実は宣伝動画を作ってました!o(`・ω´・+o) ドヤァ…!


リアルママ友の漫画家さんが自作しているのを見て、自分も作りたいと頑張っていたのです。

基本操作覚えるのに1日かかりました……。

近況ノートにアドレス添付してますので、ぜひ覗いてみてください!

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