第538話 気の重い帰宅

「へぇ、ここが今住んでる家なのか、デケェな。しっかし、俺がAランク冒険者になってたとはねぇ。まぁいつかはなるとは思ってたけどよ」



 ニヤニヤしながら家を眺めるホセ。

 森での道中に今のホセの事や、『希望エスペランサ』や現在同居している人達全員の事は説明してある。

 子供でもなれるGのひとつ上、Fランクの記憶しかないホセからしたら、色々とテンションの上がる話だろう。



 こっちはホセの状態を説明しないといけないと思うと、頭が痛いっていうのにいい気なものだよね。

 深呼吸してから気合を入れてから玄関のドアを開ける。



「ただいま~……」



 ちょっと声が小さくなってしまったのは仕方ない事だと思う、説明しなきゃいけないのはわかってるけど、二人が……特におじいちゃんがホセに忘れられたって知ったらショック受けちゃうよ。

 そう考えていたのに、状況を理解しているのかしていないのか、ホセが大きな声でビビアナを呼んだ。



「ビビアナ~、帰ったぜ~! いるのか~?」



「お、二人共おかえり、エンリケはまだギルドか?」



 ビビアナより先にリビングのドアから玄関に顔を覗かせたのはおじいちゃんだった。

 今はニコニコしているけど、この顔が曇るのを見たくないなぁ。



「ただいま、おじいちゃん。あのね、報告しなきゃいけない事があって……」



「ん? 報告? そうか、今はビビアナは授乳中のはずだからもう少ししたら来るだろう。どうやらまだ洗浄魔法もかけてないようだが? リカルドとエリアスが昨日帰って来てリビングにいるから、こっちで報告とやらを聞こうじゃないか」



 おじいちゃんが私に話しかけている間、ホセは食い入るようにおじいちゃんを見ていた。



「おい……、今のが……オレのじいさんなのか……? 確かになんか懐かしいような匂いがする」



 リビングへ引っ込んだおじいちゃんが開けたままにしてあるドアを見つめながら、ホセが私に呟くように言った。

 無意識なのか、ゆっくりと尻尾が揺れていた。なんだかビルデオで初めておじいちゃんと父親である王様に会った時を思い出す。



「そうだよ、帰省してたあとの二人も帰ってきてるみたいだね。ビビアナもリビングに来たら説明……しなきゃね……、はぁ~……」



 トボトボと力なく歩いてリビングに入ると、おじいちゃんが凄く心配そうな顔でこちらを見ていた。

 そっか、さっきの会話は獣人のおじいちゃんには当然聞こえていたよね、ケモ耳が伏せられちゃってて何とも申し訳ない気持ちにさせられる。



「アイル……」



「お、おじいちゃん、詳しくはビビアナも来てから話すよ。リカルド、エリアス、おかえり」



 咄嗟とっさに先延ばしにしてしまった、ビビアナが来る前に心の準備しなきゃ。



「「ただいま」」



「アイル、ホセ、おかえり」



「ア~! オー!」



 ドアの方から聞こえたビビアナと可愛らしいアリリオの声に振り返る。ビビアナの優しい微笑みに思わず泣きそうに……。



「ちょ、ちょっとアイル!? いきなり泣き出してどうしたのよ!? ホセ、いったい何があったの!? ……ホセ?」



 泣きそうどころか、ダムが決壊したみたいに涙があふれてしまい話せなくなってしまった。

 ホセは話を振られているが、呆然としたままビビアナとアリリオを見ている。



「話は聞いてたけどよ、本当に子供がいるんだな……」



「は? 何言ってんのよ。変なホセね~、アリリオ~。アイルも様子がおかしいし、エンリケはまだ帰って来ないのかしら?」



 私やホセの様子がおかしくなるのは時々ある事だとでも思っているのか、ビビアナはアリリオに笑いかけている。

 ちゃんと説明しなきゃと、意を決して涙を拭った。



「あのねっ、ホセが大蜘蛛ビッグスパイダーの変異種のせいで記憶喪失に……十四歳までの記憶しかないの! だからここにいるビビアナ以外の事は覚えてなくて……っ」



「ホセが記憶喪失になっちゃったんですって、アリリオ~…………って、記憶喪失!? は!? 十四歳!?」



 再びアリリオに笑いかけながら話していたビビアナが時間差で理解したのか、驚愕の表情で私とホセを見比べた。



「だからホセが僕達に何も言わなかったのか~。何だかよそよそしいと思ったんだよねぇ」



「アイルが来てから色んな事があったから大抵の事では驚かなくなったと思っていたが……、さすがに予想外過ぎるな」



 エリアスとリカルドのリアクションは思ったより薄かった。

 だって、忘れられちゃってるんだよ!?

 そういえばおじいちゃんは大丈夫だろうか、そう思っておじいちゃんの方を見ると、何やら考え込んでいた。



「おじいちゃん、大丈夫?」



 涙を堪え切れてない目で見上げると、苦笑いしながら私の頭を撫でた。



「ああ、私の事を忘れてしまったのは悲しいが、かと言って今のホセにを話すのは危険な気がして考えていたところだ……。二十歳を超えていても思慮深いとは言い難かっただろう、十四歳であればもっと……。その内思い出すだろうから最低限の自己紹介にしておくしかなさそうだな」



 確かに実は王族で王位継承権的には一位と言えなくもないってわかったら、冒険者ギルドに行って言いふらしそうな危うさはある。

 よかった、出身の事は何も言ってなくて。



「それじゃあ、お茶を淹れてくるから話しててくれる? 途中でアーロン父娘おやこと合流したから、ストレージにある残りだと全員分には足りないと思うんだ」



「お茶なら今朝私が淹れた分がキッチンにあるぞ、果実水も多少冷蔵庫に入っているからそれでいいだろう」



「わかった、じゃあそれを持って来るね」



 キッチンに向かった私は、飲み物の準備ついでに森の調査で使った食器を片付けてからリビングに戻った。

 その間にあんな話をしているってわかっていたら、すぐに戻ったのに!!

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