第537話 調査からの帰還

「皆~、朝ご飯の準備できたよ~!」



 今朝は三種のソーセージにキッシュ、数種類のパンとカットしたオレンジだ。

 各自テントから出て来たが、目を赤くしたマルシアと顔が(腫れて)赤いアーロン、あくびしながら出て来たエンリケとなぜか私を意識しているかのようにチラチラと見てくるホセ。



「飲み物は果実水だけど他に希望があったら言ってね、スープも欲しかったらあるよ。ところで……ホセはどうかしたの?」



 カップを並べながら聞くと、ホセは私の隣に座ってボソボソと答える。



「だってよ、ビビアナにだってあれだけマーキングされた事ねぇのに……。むしろなんでお前は平気なんだよ。はぁ……いただきます」



 最後に私をジロリと睨んで食事を始めた、これまでモフった時にそんな反応された事ないのにどうしたのさ。

 それに平気ってどういう意味なんだろう、首を傾げていたらエンリケがクスクス笑った。



「十四歳のホセは純情だったんだねぇ、俺が知ってるホセは人を触るのも触られるのも平気だったのに……。ああ、そっか、に行けるのは成人してからだっけ」



 エンリケの言葉でピンと来た、成人しないと行けないホセが行くところといえば……。

 そうか、十四歳のホセはまだ娼館に行った事がなかったのか、そう思うとちょっと可愛い。



「おい、なんで頭を撫でるんだよ。耳をいじるんじゃねぇ」



「ハッ! つい手が勝手に」



「あんた達本当に仲がいいわね」



 ムシャムシャと忙しく口を動かしていたマルシアが、ジトリとした視線をこちらに向けた。



「そりゃあ……、仲良くなきゃパーティは組めないでしょ。時々喧嘩する時もあるけど仲良しだよ」



「喧嘩してるのは主にアイルとホセとエリアスの誰かだけどね」



 マルシアに答えていたら、エンリケが横槍を入れた。しかし事実だから言い返せない。

 ホワイトソーセージを頬張り、言い返せないのではなく食べてるから言い返さないというフリをした。



「ははは、噂通りだな。セゴニア……特に大氾濫スタンピードのあったカタヘルナだと、賢者アイルは聖女さながらの扱いだが、ウルスカに来てから周りが話しているのを聞いた時は耳を疑ったぜ」



 食べるのがホセ並みに早いアーロンは、食後のオレンジに手を付けながら言った。

 アーロンの言葉に反応したのはホセ。



「えっ!? 大氾濫スタンピードがあったのか!? いつだ!?」



「何言ってんだ、ホセも活躍してたじゃないか。獣人は少なかったから結構目立ってたぜ。あれは初夏くらいだったから……一年半くらい前になるか? あの時アイルがいなかったら倍どころじゃなく時間がかかって、怪我人も大勢出ただろうな。だから感謝してるんだぜ」



「……わからねぇ」



 アーロンが懐かしそうに説明したが、記憶の無いホセは片手で頭を抱えてしまった。

 大氾濫スタンピードからもう一年半か……、むしろまだ一年半なのかと言うべきか。



 隣国セゴニアの王宮へ行ったり、コルドバのモステレスまでタイチ達に会いに行ったり、パルテナこの国の王宮行ったり、教会本部とかビルデオとか行ったり、果てはエルフの里まで……。

 う~ん、こう考えると随分濃い時間を過ごしてきたなぁ。



「おいおい、ホセはどうしたんだ。あの大氾濫スタンピードを覚えてないみたいだが」



 ホセの様子にアーロンが心配そうに聞いてきた、だけどオレンジはしっかり食べ終わっているんだね。



「森の調査中に大蜘蛛ビッグスパイダーに遭遇した時にちょっとね……、記憶が混乱してるみたいだから今はそっとしておいてやって」



 昨日エンリケがマルシアに言ったのを参考にして、アーロンにも説明した。



「ああ、だからいつもみたいに余裕が無いのか。一昨日野営した時より随分警戒しているから、てっきり腕熊アームベアがまだ近くをうろついてるのかと思ったぜ」



「余裕が無い……? オレが? 別に今だって緊張も警戒もしてないぞ」



 ムッとしてアーロンを睨むホセ。

 私は慌ててホセを少し離れた場所へと連れ出した。



「あのねぇホセ、アーロンは今のホセに余裕が無いって言ったんじゃなくて、今の……えーと、二十二歳のホセは十四歳のホセよりうんと強くなってるし、色々経験豊富で……それこそ大氾濫スタンピードも生き抜くどころか活躍もするくらい強い昨日までの姿を知ってるから比べちゃっただけなんだよ。ウルスカでも賢者ってわかるまで私がホセの隣を歩いてたら女の人達に睨まれるくらい人気もあるんだからね」



 こっちはホセの記憶喪失が大事おおごとにならないようにと気遣っているというのに、状況を理解できていない当事者がいつもと違うと自分からバラしにいくのは困る。

 アーロン達に聞こえないようにヒソヒソとホセに説明していたら、なぜかニヤニヤと……むしろニマニマと表現すべき笑みを浮かべていた。



「へぇぇ、オレってそんなに人気があるのか……。ふぅん……」



 どうしよう、ホセがちょっと気持ち悪い。

 たぶん今私チベットスナギツネみたいな顔になってると思う。

 経験が人間を形成していくと言うけど、今のホセを見ていたら凄く納得できてしまった。



 その後、食事を済ませて出発準備をしてからウルスカを目指して歩いた。

 結構な出血をしたアーロンに無理をさせないために、マルシアの歩調を基準に移動したから到着したのは夕方になってしまったけど。

 


 門前広場でギルドへ向かうエンリケ達と分かれ、私とホセは先に家に帰る事にした。

 記憶喪失の件が他の冒険者達にも知られたら面倒な事になりそうだったもんね。

 だけどビビアナとおじいちゃんにホセの記憶喪失の事を説明する事を考えると、私の口は勝手にため息を漏らすのだった。

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