第535話 森の調査 二日目・野営

 五人で移動し始めてから、途中で休憩した時もアーロンは目を覚まさなかった。

 私が探索魔法を使いながら先頭を歩き、すぐ後ろをアーロンを背負ったエンリケとアーロンの傍から離れたがらないマルシア、殿しんがりをホセが務めた。



 身体強化を使って森を駆け抜けていたら今頃森を抜けていたかもしれないけど、意識の無い状態で背負われたアーロンへの負荷が大変な事になるのでむしろゆっくり歩いているくらいだ。

 時々休憩しつつ歩き続けていたら、エンリケが立ち止まって空を見上げた。



「アイル、陽も傾いてきたし、今日の移動はここまでにして野営の準備しようか。マルシアも疲れてるだろうし」



「まだ大丈夫! パパを早く町に連れて行ってあげたい」



「マルシア、アーロンが心配なのはわかるけど、今日中にウルスカまで戻るのは無理だよ。背負われているとはいえ、移動するのはアーロンの身体にも負担になってるだろうから、どちらにしても休んだ方がいいんだよ」



「あ……うん……」



 エンリケに諭されて項垂れるマルシア。

 歩きながら聞いた話によると、マルシアの母親はアーロンの元仲間の一人と駆け落ちしたせいで父子家庭らしいし、ウルスカに祖父母がいるとはいえ父親が倒れたら心細くなっちゃうよね。



「もしかしたら明日の朝には目を覚ますかもしれないでしょ、命に関わる状態じゃないのは私が保証するから安心していいよ。だからそんなに落ち込まないで、ちゃんとご飯を食べてしっかり寝るんだよ、明日はウルスカまで歩かないといけないし。手伝うから暗くなる前にテント張っちゃおう。エンリケ、アーロンは一旦シートに寝かせておこうか」



 鑑定で攻撃を受けて死んだと思い込んだ上に、貧血状態で失神してるというのはわかっているので、マルシアを安心させるために笑顔で頭を撫でる。

 それでもやっぱり不安なのだろう、今にも泣きそうな顔でぎこちなく頷いた。



 アーロンをストレージから出したシートに寝かせてテントを設置し終わった頃には、すでに森の中は薄暗くなっていた。

 マルシアが急いでたき火用の小枝を集めようとしていたので制止する。確かに普通の冒険者だと調理用兼灯り用にたき火は必須だけど、『希望エスペランサ』は違うのだ。



「マルシア、枝は集めなくて大丈夫だよ。『灯りライト』……ね?」



 最初はポカンとした顔で呆けていたマルシアだが、すぐにグッと眉間にしわを寄せて私を睨んだ。

 昨日合流した時はすでに灯りがある状態だったから気にならなかったかもしれないけど、実際魔法を使っているところを見たから驚いたのだろうか。



「アイルはずるい。一人だけ魔法使えるんだもの」



「いやいや、私だけじゃないよ? ウルスカにいるエルフのガブリエルとタミエルだって使えるし、あとは工房のブラス親方もでしょ、それに私が補助をしたけど『希望うち』のリーダーのリカルドだって一瞬もの凄く小さかったけど灯りを出せたもの。マルシアだけじゃなく他の人達も何十年後かに灯りなら一人で出せるようになるんじゃない?」



「それ本当か!?」



 そう反応したのはマルシアより先にホセだった。

 そういえば私とエンリケはホセとパーティ仲間だとか、私が賢者だとか、ビビアナが結婚してアリリオがいるという広く知られている事は道中教えていたけど、エンリケが竜人りゅうびとだとかこの数年の女神関連の事とかはまだ話してないんだった。



「うん、もう魔法が使える子供が生まれるようになって一年以上経ったし、そろそろ世界中に話が広まってるんじゃないかな。その時に教会本部の教皇が各国の王様達に連絡してるはずだよ」



「? アイルと同じパーティなのに、どうしてホセは知らないの? エンリケは驚いてないから知ってたみたいなのに」



 ややこしい質問をされてしまった。ここは正直にホセの記憶が欠落している事を教えるべき?

 だけど、その事を知ってホセを利用する人がいないとも限らないから、不用意に教えるのは避けた方がいいかな?

 助けを求めてエンリケに視線を送った。



「ホセは今大蜘蛛ビッグスパイダーのせいでちょっと混乱してるんだ、本当は知ってるのに一時的に忘れちゃってるみたいだね。その内しっかり思い出すだろうからそっとしておいてあげてくれる?」



「う、うん……」



 さすがエンリケ、伊達に三百年以上生きてないね。

 嘘はついてないけど、真実でもない事を上手に説明した。

 そういえば記憶喪失の人が思い出す瞬間に余計な情報を与えると、それを真実だと脳が錯覚することがあるってテレビで観たなぁ。



「さぁ、アーロンをテントの中に寝かせたら、私達は食事にしよう。ホセ、アーロンを運んでくれる? その間に食事の準備をしておくから」



「おぅ、任せとけ!」



 記憶は無くても当然味覚は同じなため、私の料理を気に入り尻尾は激しく振られている。

 ふと思ったけど、記憶を無くす前のホセってこんなに勢いよく尻尾を振る事は滅多に無かったかも。という事は大人になったホセは、あれでも感情を抑えてる状態だったのかな。



 密かに笑いを嚙み殺しながら夕食の準備をした。

 ちなみに夕食は意識を失っていたホセが食べ損ねたラーメン、炒飯、唐揚げの三点セットだ。



 予想通り、ホセはマルシアが呆然とするくらい大量に食べた。

 おかげで食の進まなかったマルシアも、つられてしっかり食べてくれたから結果オーライだろう。



 食事が済むと、全員に洗浄魔法をかけて各自のテントに入る。

 さて、記憶喪失を直す定番としては印象深かったり、普段の日常行動を体験する事だよね。

 私は準備運動するかのように、指をワキワキと動かした。

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