第534話 アーロン父娘の救助

「今の声ってマルシア!? アーロンがいるから大丈夫だとは思うけど、見に行った方がいいよねエンリケ? 『探索サーチ』、『身体強化パワーブースト』」



「うん、今の悲鳴はただ事じゃなさそうだったし。ホセ、最近ウルスカに来た父娘おやこに何かあったみたいだから行くよ!」



「え? お、おぅ」



 エンリケの同意と同時に私は走り出した、もしかしたら変異種の大蜘蛛ビッグスパイダーがいなくなった事を察知した他の魔物達が戻って来たのかもしれない。

 実際探索魔法で調べたら、数体の魔物に二人が囲まれているのがわかったので全速力で走る。



 エンリケもホセに声をかけてついて来ているが、森へ向かっていた時より魔力を込めて強化を更に強めた。

 あんまり無茶な強化は身体に負担がかかるから普段はやらないが、今は緊急事態だ。

 エンリケとホセを引き離す勢いで走ると、時々木にぶつかりそうになってヒヤリとする。



 強化された視力で二人の姿を遠目に確認できた時には、アーロンがマルシアを庇いながら戦い、なんとか退路を確保しようとしているところだった。



「はぁはぁ、逃げろ……くっ、マルシア……ぐぁっ!」



「いやぁっ! パパぁっ!!」



 声が聞こえる距離まで来ると、すでに二体の腕熊アームベアが地面に倒れていて、アーロンがマルシアを振り下ろされた腕熊アームベアの爪から守って皮の鎧ごと肩から背中にかけて引き裂かれてしまった。

 二人は一緒に吹っ飛ばされたが、アーロンが自分の身体をクッションにしたおかげでマルシアは無傷のようだ。



「『風斬ウインドカッター』!」



 腕熊アームベアが再び腕を振り上げた瞬間に呪文を唱えると、切断された首と腕が本体から離れて地面を転がる。

 一呼吸遅れて本体も重そうな音を立てて倒れ込み、残っていた腕熊アームベア達はその姿を見て逃げ出した。



「パパ……、パパ……っ! お願い、目を開けて!!」



 マルシアの声に振り返ると、血まみれで倒れているアーロンにすがりついて泣いていた。

 よかった、息はしているようだからまだ助かるね。



「『洗浄ウォッシュ』、『治癒ヒール』……うん、よし。これで大丈夫でしょ」



 先に泥や血の汚れを綺麗にしてから治癒魔法をかけた、だけど結構血が出ていたから意識が戻るまでしばらくかかるかもしれない。

 マルシアは何が起こったのか理解できていないかのように、アーロンの皮鎧の裂け目から覗く無傷な肌を指先で触って確認している。



「アイル! 二人は無事……じゃなかったようだね。だけどアイルがそれだけ落ち着いているって事は大事には至らなかったって事かな?」



「うぉっ、腕熊アームベアが三体も!? 何があったんだ!?」



 エンリケ達が追いついてきて状況を確認した。ホセは感覚的にまだ新人冒険者も同然なせいか、複数の腕熊アームベアの死骸にビビって尻尾が下がっている。

 エリアスがいたら私と一緒に喜んでホセをいじるだろうけど、今はショックを受けているマルシアが優先だ。



「さっきまでアーロンが頑張っていたんだけど、ちょっと到着するのが遅かったみたい。背中を引き裂かれて出血したけど、治癒魔法かけたから怪我も治って命に別状はないから安心して。二体はアーロンが倒したけど、一旦預かっておこうかな、どうせ丸ごとは運べないだろうし」



「そうだね、ギルドまで預かってあげた方がいいと思う。腕熊アームベアの血の匂いでさっき散らばった大蜘蛛ビッグスパイダーが来るかもしれないし、まずは移動しようか。アーロンは俺が背負うからさ」



「ごめんねエンリケ、さっきもホセを背負わせちゃったのにまた……」



「大丈夫だよ、その代わり魔物に出くわしたら対処は任せたよ」



「任せて! マルシア、エンリケがアーロンを背負ってくれるから移動するよ。ほら、もう大丈夫だから立って」



 手を差し伸べるが、私の手を掴んだままマルシアは動こうとしない。



「こ、腰が抜けて立てない……」



 泣きそうな顔で私を見上げるマルシア。えーと、エンリケがアーロンを背負うから、マルシアを背負うのは必然的に私かホセになるんだけど……。

 そう思っていたらホセがマルシアに背を向けてしゃがんだ。



「ほれ、背負ってやるから掴まれ」



「あ、ありがと……」



 ホセはマルシアの伸ばした手を肩越しに掴んで手慣れた様子で背中に引き上げた。孤児院でもよく子供達が背中に群がっていたせいか、十四歳のホセも行動に迷いが無い。

 その横でエンリケも意識の無いアーロンを背負って立ち上がった。

 私も腕熊アームベアとアーロンの荷物をストレージに収納して出発の準備が整ったので歩き出す。



「アーロンが出血したならもうウルスカに戻るだろうから、このまま森の出口に向かおうか。このペースで歩けば中間区域を出るか出ないかで野営かな? 呼吸は安定しているみたいだから急ぐ必要もないでしょ。だけどギリギリでもアイルが間に合ってよかったねぇ、さすがに子供の遺体を見るのは気分が悪いから」



「遺体……」



 エンリケの言葉に青い顔で呟くマルシア。歩きながらだからわかりにくいけど、ホセの肩を掴む手が震えているように見える。

 ホセの背中に顔を伏せてしまったので、泣いているのかもしれない。

 そんな背中のマルシアを肩越しに振り返り、私を慰めてくれる時にする優しい微笑みを浮かべるホセ。



「アイル? どうしたの?」



「へ? 何が?」



「あ~……、自覚が無いなら気にしない方がいいかな? とりあえず、ホセが子供に優しいのはいつもの事だからね?」



「そんなの知ってるよぅ」



 そうエンリケに答えた自分の声が、なぜか少し震えている気がした。

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