第532話 欠落

 変異種の大蜘蛛ビッグスパイダーがいた場所を出発して一時間、エンリケと二人で時々世間話しながら森の中を歩いていた。

 先導しながら振り返ると、エンリケに担がれてダランと元気のない尻尾が目に入る。



「ホセ起きないねぇ。やっぱり催眠状態を強制的に終わらせたせいだよね? 他の大蜘蛛ビッグスパイダー達はすぐに逃げて行ったから平気みたいだったのに、どうしてホセだけ気絶しちゃったんだろ」



「うぅ~ん、もしかしたら催眠をかけている最中だったのかもしれないね。かけ終わった状態と、途中だと勝手が違うだろうから」



「そうだ! ご飯の匂いしたら起きないかな? ちょっと早いけどお昼ご飯にしようか、ずっとホセを担いでいるのも疲れるでしょ?」



「俺は大丈夫だけど、ホセの頭に血が上ったままになるのはちょっと心配かな。横にしてあげた方がいいと思う。『探索サーチ』……あっちに行けば開けた場所があるから、そこでお昼休憩にしようか」



「うん!」



 エンリケの言った通り、数分でテントが三つくらい張れそうな場所があった。

 私がストレージからシートを取り出してその場に敷くと、エンリケがそこにホセを転がした。



 寝顔を覗き込むと、眠っているというより失神しているみたいに呼吸が静かだ。

 ホセが気付きやすいようにいい匂いがする食事をストレージから取り出す、今回はラーメンと唐揚げとチャーハンというホセの好きな三点セット。



 ホセもシートの上に寝てるし、いつも使ってるローテーブルだと大きいから木箱をテーブル代わりに使用。

 セットする位置はホセの頭側。



「いただきま~す!」



「いただきます。ズズ……ん! このラーメンのスープってバレリオから貰ったやつでしょ? また美味しくなったんじゃない?」



 エンリケはまずスープから飲む派なので進化したスープにすぐ気付いたようだ。



「『俺のスープは進化し続けるぜ!』って言ってたから研究を続けてるみたいだね」



 ちなみに私は最初に麺を食べてからスープ、それから少しスープを吸った麺を楽しむ派。

 煮卵やチャーシューなんかも人によって食べるタイミングが違って面白い。



 しばらくズルズルと麺をすする音が森に響き、時々餃子を食べる前にホセの鼻に近付けたりしたけど、起きる気配はなかった。

 あっ、そういえばこういう時こそ鑑定の出番なんじゃない!?



「ふぅ、ごちそうさまでした」



 手を合わせて食事を終わらせ、ホセをジッと見て鑑定する。



「え……!? なんで!? 嘘でしょ!? ホセ!! 起きてよホセ!!」



「アイル!? いきなりどうしたの!?」



 私がいきなりホセの服を引っ張って揺すり始めたので、エンリケが慌てて私を止めた。



「だって……、だって鑑定したらホセが昏睡状態って……! しかも記憶障害って……どうしよう!!」



「昏睡……記憶障害……。という事はいつ目を覚ますかわからない上に、下手したら俺達の事も忘れてる可能性があるって事か……。あ、そうだ。前にエドガルドに雷魔法使った事あるって言ってたよね、それで目を覚まさないかな?」



「そんな事言ったっけ? やった事あるけどさ」



「うん、酔っぱらってたから忘れてるだろうけど」



 キッパリと言われてしまった。だけど確かに電気ショックなら目を覚ますかもしれない、ついでに記憶も元通りになったりしないかな。

 ホセの肩にそっと手を置き、一縷の望みをかけて呪文を唱える。



「『電撃ライトニングストライク』(弱)」



 久々に聞くバヂィッという痛そうな音。

 ホセの身体がビクンと跳ねたかと思うと、眉間に皺を寄せてうっすらと目を開けた。



「う……、なんだ……? 頭と身体がいてぇ……」



 片手で額を掴むように頭を抱えながら身体を起こすホセに、ホッと安堵の息を吐く。



「よかったぁ、気が付いたんだねホセ。大蜘蛛ビッグスパイダーの変異種に催眠かけられて意識を失ったんだよ。私とエンリケの事わかる?」



 ホセの顔を覗き込みながら言うと、ホセは不思議そうに首を傾げた。



「お前らの事……? おいおい、ここはウルスカの森だろう? なんでお前みたいな子供がいるんだよ、獣人のオレならともかく、ここは危険なんだぞ。あんた保護者か? 何ランクが知らねぇがコイツを森に連れて来るには早過ぎるんじゃねぇか?」



「ホセ……、やっぱり記憶障害までは治らなかったみたいだね」



 エンリケが心配そうに呟いた、ホセはエンリケを私の保護者と思っているようだ。

 予想はしていたけど、やはり私とエンリケの事は覚えてないらしい、今口を開いたら泣いてしまいそうだから話せなくて、下唇を噛み締めて涙をこらえる。



「お前らオレの事知ってるのか? 孤児院にゃいなかったよな? そういやビビアナは? 赤い髪の女がいただろ?」



 立ち上がってキョロキョロと辺りを見回すホセ。ちょっと待って、ビビアナの名前しか出て来ないって……まさか……。

 深呼吸して気持ちを落ち着かせ、ホセに声をかける。



「ねぇホセ、あなた今何歳? リカルドとエリアスって知ってる?」



「リカルドとエリアス? 知らねぇな、そんな名前ウルスカの冒険者ギルドで聞いた事ねぇし。あと、オレの年齢はもうすぐ十四だぞ、少なくともお前よりは年上だぜ」



 腕を組んで胸を張るホセに、私は両手をついてガクリと項垂れ、エンリケは頭を抱えた。

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