第531話 異変の原因

 自分の口を押えながら、エンリケとホセの二人とアイコンタクトを取る。

 二人は私が言いたい事が何か察してくれて、コクリと頷くとゆっくりと木に隠れながらその場を離れた。

 小声なら気付かれないであろう距離まで移動して魔法をかける。



「『隠蔽ハイディング』……これで気付かれないはずだよ」



「なんなんだよ、アレは。あんなの見た事ねぇぞ。大氾濫スタンピードの時でもあんなのいなかったよな?」



「変異種は変異種だろうけど、大きさも色も普通じゃなかったねぇ。さすがにあんなのは俺も見た事ないなぁ、あはは」



 私達が見た物、それはちょっとした家サイズの大蜘蛛ビッグスパイダーだった。しかも色が普通は黒なのに赤紫。

 それだけでもとんでもない事だけど、更にアイツは普通サイズの大蜘蛛ビッグスパイダーを食べていたのだ。



 しかも大蜘蛛ビッグスパイダー達は食べられる順番待ちをしているかのように七体も並んでいたのが余計に不気味だった。

 この世界に来てから何度も討伐を行い、グロ耐性はかなりついてきたと思っていたけどあれはない。

 さっきの光景を思い出して身震いしていると、エンリケが顎に手を当てて考え込んでいた。



「さて、どうしようか? アイルの魔法で纏めて討伐しちゃうと、この森の大蜘蛛ビッグスパイダーが全滅……なんて事になりかねないし。かといってあの大きさだとホセが攻撃するのは難しいだろうね、あくまで予想だけど普通の大蜘蛛ビッグスパイダー達は催眠状態になってると思うんだ。じゃなきゃ自分から食べられに行かないだろうし」



「それってあの変異種大蜘蛛ビッグスパイダーは錯乱させるだけじゃなくて、催眠もできちゃうって事!? 下手したら私達も催眠かけられて大変な事になっちゃうね」



「オレが催眠かけられてもお前ら二人が魔法でなんとかできるだろうけどよ、お前らのどっちかでも催眠かけられて魔法ぶっ放し始めたらどうしようもねぇからな。慎重にやるしかねぇだろ」



 こうして相談している間にも普通サイズの大蜘蛛ビッグスパイダー達がもりもり食べられているので急がなくてはいけない、ホセの服とか女性用下着に必須の素材なので無くなったら困る。

 接近戦は危険だから、できれば離れた場所から魔法であの変異種だけを撃破っていうのが理想だよね。



「うぅ~ん、森だから炎系はダメでしょ、氷系も確実に仕留めようと思ったら周りを巻き込むし。水で溺死……は蜘蛛って種類によっては体毛に空気溜め込んで水中でも活動できるやつとかいたような……ってことは風……ん? なんか暗く……」



 俯いて三人で考え込んでいたらいきなり暗くなったので、顔を上げるとホセが料理を運ぶ途中でお皿をひっくり返した時みたいな顔をして固まっていた。

 ホセの視線を追って見上げると、変異種の大蜘蛛ビッグスパイダーが毛むくじゃらの脚を振り上げたところだった。



 音も無く、ホセやエンリケにも気配を感じさせずにここまで近づくなんて思わなかった。

 しかも私達は今隠蔽魔法を使ってるから気付かないはずなのに!



 振り下ろされる脚がスローモーションみたいに見える、ホセが私に向かって走り出し、エンリケが上に手を掲げた時には毛むくじゃらの脚が私の目前に迫って……見えない何かに弾かれた。

 わずかに遅れてエンリケが呪文を唱える。



「『風斬ウインドカッター』!」



 ザシュッ!



「キィィィィィ!!」



 エンリケが放った魔法で、変異種の脚が関節で半端に切れてぶら下がっている。

 一瞬死んだかと思って頭が真っ白になったけど、蜘蛛って鳴かないはずなのに、なんて考えるくらいの余裕ができた。



 どうやらガブリエルがネックレスに付与してくれた障壁魔法が発動したおかげで助かったようだ。

 今はホセが私を庇うように抱き締めているけど、普段なら大丈夫だとわかったらすぐに離れるのに様子がおかしい。



「ホセ?」



 声をかけると不意に抱き締める腕の力が緩んだ、そしてホセがふらりと歩き出したのは変異種の方向。

 変異種の目の色がさっきと変わっているのは気のせい? ……って、まさか!?



「うわぁぁぁ! ホセが食べられちゃう!! 『風斬ウインドカッター』! 『風斬ウインドカッター』! 『風斬ウインドカッター』ぁぁぁ!!」



 最初にホセに伸ばされた脚を、二発目と三発目で段違いに並んでいる目を狙って魔法を放つ。

 恐らく私は正常化の付与がされた魔石で、エンリケは元々の耐性で平気だったみたいだけど、ホセは変異種のせいで催眠状態になってしまったらしい。



 結果的に頭と背中をスライスされた変異種の大蜘蛛ビッグスパイダーは、脚を縮めて事切れる。

 それと同時にホセは糸が切れた操り人形みたいに崩れ落ちて草の上に倒れ込んだ、恐らく急に催眠状態が解除されたせいだろう。



 変異種が死んだ瞬間、その場にいた普通の大蜘蛛ビッグスパイダー達は正に蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。

 エンリケは辺りの様子を伺ってからホセを担ぎ上げ、こちらに歩いて来ると肩で息をする私の頭を優しく撫でた。



「もう大丈夫だから安心していいよ、ホセも無事だから……泣きやみなよ」



「へ?」



 エンリケに言われて自分の頬を触ると濡れていた、どうやら死にかけた上にホセが食べられてしまうという恐怖を味わった反動で、気が抜けた瞬間に泣いてしまったらしい。

 手の甲でグイグイと涙を拭うが、何故か涙が止まってくれずにポロポロと落ちて来る。



「あは……、びっくりしたせいか止まってくれないや。とりあえずあの変異種をストレージに入れちゃうね、あれだけ大きかったら糸の素材もいっぱいれるだろうから、ディエゴも文句言わないでしょ……ぐすっ」



「そうだね、あれだけ大きい個体なら十体分の糸線が採取できるんじゃないかな? もうこのまま転移しちゃえばすぐ帰れるけど、どうする?」



「転移した先にもしも人がいたら大変だからやめておく……ぐす。とりあえずホセが目を覚ましたら、できるだけ早く帰ろうね」



 エンリケが私を気遣って言ってくれたのはわかるけど、万が一にでも転移魔法の事がバレるのは避けたい。

 心配させた腹いせに、ホセをお姫様抱っこで運ばないかという提案をエンリケに断られた私は肩を落として先導を務めた。

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