第530話 森の調査 2日目

 翌朝、アーロン父娘も一緒に朝食を摂っている。

 そしてこちらを見てヒソヒソと話すホセとエンリケ。



「おい、どういう事だ?」



「さぁ……、昨夜何かあったのかな?」



 その原因はわかっているけど、私は気にせずマルシアのお世話をしていた。



「ミルクのお代わり欲しかったら言ってね、今朝は冷えるから温かいミルクにしたけど、お砂糖足さなくても大丈夫? 食後は苺と林檎あるよ、どっちがいい?」



「苺……」



 ハムサンドを頬張り頷いた後、口の中の物を端っこに寄せてモゴモゴと答えたマルシア。

 お世話されるのが気恥ずかしいのか、昨日よりなんだか大人しい。



「はい、苺だよ。ヘタは取ってあるからそのまま食べて大丈夫だからね」



「ありがと」



「どういたしまして、ちゃんとお礼言えて偉いね~」



 よしよしとマルシアの頭を撫でる、子供は褒めて伸ばさなきゃね。

 恥ずかしいのかジロリと上目遣いで睨んできたけど、嫌がったり避けたりはしないのが可愛い。



 男三人も思い思いに食べたい物を選んで手を伸ばしている、私もゆで卵を刻んだ卵サンドを頬張った。

 食事の間中、マルシアはなぜか私をチラチラと見て来た。もしかして仲良くなりたいんだろうか。



「あっ、わかった!」



 食事と片付けが済んでアーロン父娘と別々の方向へ歩き出してから、いきなりエンリケが大きな声を出した。



「どうしたの? 森の異変の原因に心当たりでもあるの?」



 長生きしているエンリケなら、これまでに似た現象を知っていても不思議じゃないもんね。



「ああごめん、違うんだ。アイルがあの子……マルシアに妙に構ってた理由がわかったんだよ」



「へ?」



「ほら、アイルはここ数ヶ月ずっとアリリオのお世話していたじゃない? それが昨日から急にお世話する対象がいなくなったから、必要以上にマルシアのお世話をしてたんだなって思って……って、アイルも自覚してなかったの?」



「全然そんな事思わなかったよ……」



 どうやらアリリオによって活性化(?)された母性本能が行き場を求めていたらしい。



「お前らもう森の深部に入ったんだからそんな気の抜けるような話してんなよ、そろそろ探索魔法使っておいた方がいいんじゃねぇ? 今のところ何の気配も感じねぇけど、嫌~な感じがするんだよなぁ」



 ホセが先頭を歩きながら首の後ろを撫でた。

 野生の勘が鋭そうなホセにそんな事言われたら不安になってしまう。



「『探索サーチ』……、あれ? この近くに大きい岩なんてなかったよね? いくつか崖になってるとこはあったと思うけど。んん? もしかして……なんか……岩が動いてる? 周りに何体か魔物もいるみたいだからそのせいかな?」



「崖やちょっとした丘になってる場所はいくつかあったはずだけどよ、デカい岩なんてこの辺りにあるなんて話は聞いた事ねぇぞ」



 私の探索結果をホセが否定した。確かに大きい岩があるなんて聞いた事ない、ましてや動く岩なんて。



「案外その変化が今回の原因かもしれないね。どれどれ……『探索サーチ』……確かに大きさから言えば岩みたいだけど、なんか覚えがあるような……。とりあえず行ってみようか」



 エンリケも探索魔法を使ったので、今度はエンリケが先頭を歩いて問題の場所へと向かう。

 ホセが後方を注意しながら最後尾を歩いているが、段々ホセの警戒レベルが上がっていくのがわかる。



「そっちに行く程にゾワゾワするのが強くなるんだけどよ。お前ら感じねぇ?」



 ホセの耳が伏せられ、首の後ろや腕をさすっている。



「これって魔力なのかなぁ? 空気に混ざってるっていうか、まとわりつく感じがする」



「そうだねぇ、気のせいかと思ってたけど、段々濃くなってきたからさすがにわかるかな。これって魔導期の魔物が出してた気配だよ、それも大物のね。ほら、アイルが女神の化身になってから魔導期みたいに魔法が使える子供が生まれるようになったでしょ? それは魔物にも同じ事が言えるのかもしれないね、魔力の出口を持って生まれてくるから漏れ出した魔力を俺達が感じてるんだと思うよ」



 エンリケが説明してくれたけど、ちょっと引っかかった。



「ねぇエンリケ、エンリケの言う大物の魔物ってどの程度の強さなの? 腕熊アームベア程度なら余裕で討伐できるから大物の内に入らないでしょ?」



「う~ん、例えば変異種は大物と言える個体が多いかな?」



「変異種? ホセ知ってる?」



「先天的な変異種はよくいるヤツと色が違う個体だろ? あと長生きして魔石を体内に持ってる魔物とか魔石自体を食べた魔物は体格が変わるらしいぜ、オレは実際見た事ねぇけどな。一応見つかるとギルドで情報共有されるけどよ、先天的な変異種の報告なんて一回しか聞いた事ねぇし、魔石持ってるような個体はつえぇし、喰われる事も滅多にねぇだろうから二回だけだったぜ」



「俺もこれまでに十回遭遇してないくらいかな、報告を聞いたのはそれなりにあるけど。まぁ、俺の場合は色んな国に行ってるし、冒険者歴も三百年くらいだから特殊なんだけどさ。大抵の冒険者は一度も遭遇せずに引退してるだろうね。変異種は魔物の種類によって色々特性が変わるけど、基本的に普通の同種と比べて数倍強いって考えた方がいかな」



「うへぇ……、今回の原因が変異種だったらBランクどころかAランクの魔物まで逃げ出すようなつえぇ個体って事かよ」



 嫌そうに顔をしかめるホセ。

 魔力に馴染みの無いホセが気付くくらいの魔力を持った個体なら、間違いなく大物なのだろう。

 ホセじゃなくても顔を顰めたくなるというものだ。



「やっぱり変異種が出たせいで魔物達が逃げ出したのかな?」



「それなら逃げる魔物達が目撃されていてもおかしくないんだけどなぁ。ホセじゃないけど嫌な予感するんだよね……っと、あの茂みの向こうが探索魔法に引っかかった場所だよ。数体魔物いるみたいだから一応隠蔽いんぺい魔法かけておこうか。『隠蔽ハイディング』」



 そうして茂みの向こうを覗いた時、悲鳴を上げなかった自分を褒めてあげたいと思った。

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