第526話 カリスト大司教の巡礼記 その4

 カリスト大司教一行がウルスカを出発して数時間後、乗り合い馬車は昼食休憩のため途中のキャンプ場に停車した。

 乗り合い馬車は普段は荷運びにも使われる大きさなので、今回はカリスト大司教一行を含めて十人の乗客がいる。



 『アウローラ』のメンバーは馬に乗っての護衛で、キャンプ場では各自好きな場所でくつろいで食事を摂っていた。

 そしてカリスト大司教達はというと、他の乗客から少し離れた場所でお弁当を広げている。



 アイルの料理を始めて食べる情報部隊の二人、ウーゴとイサークが騒ぐと予測しての事だ。

 特にイサークは食べる事が好きなようで、アイルに紹介されたバレリオのラーメン屋に行った時もうるさいくらいに絶賛していた。



「あっ、この料理はラーメン屋でも食べたやつですね! 唐揚げでしたっけ。嬉しいなぁ、また食べたかったんですよね~。早く食べましょう!」



 立場的には一番下になるため、真っ先に料理に手を出すという事はできないイサーク。

 期待に満ちた目をカリスト大司教に向けた。



「ふふ、ではいただきましょうか。私達も久々にアイル様の手料理を食べられますね。……んん、この玉子焼きは甘い方でしたか、甘さがみますねぇ」



 カリスト大司教が最初に手を付けると、瞬く間にお弁当箱が空いていく。



「あれ? この唐揚げラーメン屋で食べたものと少し違うような……。冷めてるのに柔らかくて美味しいのは間違いないけど、まろやかといいますか……」



 イサークは首を傾げながら食べているが、すでに唐揚げは三個目だ。



「恐らくこの唐揚げには卵が使われているのだろう。以前共に旅をした時に教えてもらったんだが、熱々で食べる時は酒に合うように味をハッキリさせているらしい。卵を染み込ませて、衣も使う粉を調整すると時間が経ってから食べても柔らかくて美味しいからお弁当用には卵を使うそうだ」



「それはリカルドに教えてもらったんですか? アルフレド先輩はリカルドとよく手合わせしたり話したりしていましたからねぇ……んむっ、この焼きおにぎり、たぶん鰹節が使われてますよ! 前より美味しくなってます!」



 オラシオは話している途中にカッと目を見開いて訴えた。



「鰹節は賢者サブローが伝えたものですからね、同郷のアイル様は使い方をよく知っているのでしょう。鰹節自体を知っていましたしね。んん、相変わらずアイル様のキンピラごぼうは絶品ですね、私が好きな事を覚えていてくれたのでしょうか」



 カリスト大司教がうっとりと目を閉じて咀嚼そしゃくする様子に、キンピラごぼうを始めて見るウーゴとイサークも箸を伸ばす。



「もぐもぐ……ごくん。これはまた……甘いけれど塩気……といいますか、ウルスカの食堂で何度か食べた味に近いですね。歯ごたえがあって実にいい」



 ウーゴはキンピラごぼうを気に入ったらしく、再び箸を伸ばした。



「このキンピラごぼうに使われている醤油も賢者サブローがこの世界に持ち込んだ調味料ですからね、ウルスカで食べた珍しい料理のほとんどはアイル様が広めたレシピのはずですよ。醤油自体がこの大陸から出たのは最近ですからね、というかアイル様が持ち出してイカのバター醤油焼きで広めたと言っていいでしょう」



「確かにあれも美味しかったですねぇ」



 カリスト大司教の説明を聞きながら、エクトルが頷く。



「ウルスカの住人が言ってましたけど、アイル様は料理に関して素晴らしい知識をお持ちなんですね。それなのに普段は賢者だという事を忘れてしまうという意見が多かったのはなぜでしょう。間違いないく色々と功績を残していらっしゃいますよね?」



「「「「…………」」」」



 イサークの素朴な疑問にカリスト大司教と聖騎士達は思わず無言になった。



「コホン。それはですね……、アイル様がとても親しみやすく偉ぶったりしない方だからですよ」



 カリスト大司教は咳払いすると、にっこり微笑んで説明した。

 聖騎士達はあえて何も言わずにお弁当を食べ続ける。



「確かに、聞いていた通りお優しそうな……成人しているのが信じられないくらい清らかな少女のような方でしたね」



「…………そうですね」



 イサークの言った事は間違いではない。間違いではない……が、全てを肯定するにはアイルを崇拝しているカリスト大司教でも一瞬躊躇ためらった。

 即答するには『希望エスペランサ』の仲間達と喧嘩したり説教されたりする姿を見過ぎたのだ。



「いつか私も一緒にアイル様と旅をしてみたいものです。きっと美味しい物がたくさん食べられて、楽しい旅になるでしょうねぇ」



 そんなカリスト大司教の心中には気付かず、イサークは最後の塩おにぎりを頬張りながらうっとりと言った。



「ふふふ、確かにアイル様達と旅をしていた時は、退屈だなんて思った事がありませんでしたよ。できるならまたご一緒したいものです。でもまぁ、この旅が終わったら……」



 食事を終えたカリスト大司教は空を見上げながら晴れやかに微笑んだ。

 離れた場所からお弁当をジッと見ていたパメラには気付かずに。

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