第524話 痴話喧嘩ではありません
どうしようどうしようどうしようどうしよう!!
さっきから頭の中はこの言葉でいっぱいだ。
落ち着け、落ち着いて深呼吸するんだ私。
すぅ……、はぁ……。よし。
ダッシュで帰って来てからすぐキッチンに籠った私。
だって誰かに顔を見られたら何かあったかって聞かれるに決まってる!
そんな訳で現在は鶏もも肉を切っている最中だ。
ホセが帰って来るまでに何か対策を考えておかないと、だけどホセの行動パターンが予測できない。
更に問い詰めて来るだろうか、それともさっきキツめに言ったから触れて来ないだろうか。
もしかしたら怒ってお手伝いしないというパターンの方が可能性高いかな。
そう思ったらふと肩の力が抜けた。
早く帰って来ちゃったから時間に余裕あるし、別に一人で料理しても問題は無いもんね。
しかし人というものはリラックスしている時の方がいいアイデアが浮かぶものらしい、もしもホセが突っ込んだ事を聞いてきた時の返しの準備は万端だ。
気合を入れ直して大量のお肉を切っていると、キッチンのドアが開いた。
振り返ると気まずそうな表情をしたホセが入って来て、キッチンの壁に掛けてあるエプロンを身に着けて私の隣に立った。
「……手伝う」
「ん」
ホセが棚からまな板と包丁を取り出したので、ストレージから
しばらく黙々とお肉を切り続ける二人、私としてはホセの伏せられた耳としょぼくれた尻尾を見ると心が痛む。
「ホセ。私の事を聞くんなら、ホセも自分の事を全部話さないと教えてあげないからね。初恋からこれまで関係を持った女性ぜ~んぶだよ」
「ハァ!?」
絶対無理だとわかっているので、勝ち誇ってニヤリと笑う。
「無理だよね~? そんなの言えないよねぇ? という訳でもう聞かないでね」
「ぐぅ……、わかったよ……」
とどめとばかりに最後にニッコリと微笑む、ホセは苦虫を潰したような顔で頷いた。
これがさっき思い付いたアイデアというやつだ。
だってホセってばこれまで恋人がいた訳じゃない上に、ずっと娼館に通ってたんだもん、常連の娼館ならともかく王都なんかで買った娼婦全員覚えているとは思えない。
しかもどういう関係か聞かれた場合、私を好きならなおさら答えられないという訳なのだ。
ふふふ、これで完全にホセの追及を封じる事に成功した。
お肉を二人で切り続けていたが、問題がひとつ。
「もうすぐお肉を切り終わるからそろそろ漬けダレを作らなきゃいけないね」
「エンリケにやらせりゃいいだろ。なぁ?」
ホセが振り返ってドアの方を見た。
「あはは、やっぱり気付いてた?」
苦笑いしながらキッチンに入って来るエンリケ。
「いつからいたの!?」
「アイルとホセが帰って来たのにリビングにいなかったからさ、料理作るのかと思ってキッチンに来たら込み入った話してたみたいだったし遠慮してたんだよ」
「…………ふ~ん」
それは覗き見と何が違うんだろうか、思わずジトリとした目を向けてしまう。
エンリケは私から視線を逸らすと、そそくさと生姜やニンニクをすり下ろす準備を始め、お手伝いが増えたお陰で夕食の準備も滞りなく終わった。
間違えて食べちゃわないように、カリスト大司教達の分は別の器に入れてストレージへ。
アリリオも早く食べられるようになるといいなぁ。
翌日、途中だった買い物をすべく家を出た。
今日はおじいちゃんと一緒だ。
「アイル、昨日はホセと喧嘩でもしたのか?」
商店街を歩いていると、おじいちゃんがいきなりそう切り出した。
昨日は何も言わなかったから気付いてないと思っていたけど、どうやら二人きりになる時まで待っていたようだ。
「う~ん、ちょっと言い合ったけど、すぐに仲直りしたよ。もしかして昨日から気にしてたの?」
「いやぁ、二人が帰って来てからエンリケが様子を見に行ったのはわかっていたし、夕食の時には普通にしていたから特に聞く必要も無いと思っていたんだが、本当に喧嘩していたんだな」
「喧嘩って程でもないよ、おじいちゃんが気にするような」「お、アイル! ホセとの痴話喧嘩は収まったかい?」
「痴話喧嘩!?」
昨日お肉を買った肉屋の店主が最悪のタイミングで声をかけてきた。
笑ってるからきっと本人は冗談のつもりなんだろうけど、一緒にいるのがよりによっておじいちゃんなのがまずい。
「店主、その話をもう少し詳しく……」
ほら、おじいちゃんが真に受けて肉屋へ行こうとしてる!
慌てて引き止めようとおじいちゃんの腕にしがみつくが、私の体重ではそのまま引き摺られてしまう。
「おじいちゃん! 冗談で言ってるだけだから! 本気にしちゃダメだよ! ハッ、そうだ! おじさん、鶏胸肉ともも肉を三キロずつと、ボアのロース五キロちょうだい!」
「はいよっ」
私の注文を聞いて店の奥へ入って行く店主。
「……ふぅ。ほら、おじいちゃん、お仕事の邪魔しちゃダメだよ。お肉を受け取ったら野菜もたくさん買わなきゃいけないし、ゆっくりしてる暇はないよ!」
「むぅ……」
代金を払ってお肉を受け取ると、引っ張るようにしておじいちゃんを肉屋から遠ざけた。
翌日、買い物に出かけたエンリケが肉屋の前でおじいちゃんとカリスト大司教達を見かけたというのは、ただの偶然だったと思いたい。
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