第522話 ホセと商店街へ

 カリスト大司教達が家に来た翌日、ホセと一緒に食材の買い出しで商店街へと向かった。

 私一人で行っても構わないんだけど、賢者とお近づきになりたい人が寄ってきたりもするので、そういう虫除けとして誰かと一緒に出かけるようにと仲間達から言われている。



「やっぱり苦味の無い塩が手に入るようになったんだから、おにぎりは外せないよね。王都でもらったモヤシが半端に残ってるから、モヤシとニンジンの胡麻和えなんかもいいかなぁ。ホセだったらお弁当に何が入ってたら嬉しい?」



「そうだなぁ、まず唐揚げは絶対だろ。あと甘い玉子焼きも疲れてる時に食うと美味うめぇんだよな」



「うんうん、やっぱり定番に勝るものはないね。せっかくだから唐揚げは大量に作っておこうかな、そうすれば依頼を受けて森に行く時のお弁当に入れられるもんね。ホセにも手伝ってもらわなきゃいけないけど」



「おぅ、手伝うからオレの弁当にはギュウギュウに唐揚げ入れてくれよ?」



「わかった。ちゃんと時間が経っても美味しい衣にしておくね」



 単独で行く場合はホセが自分で持って行かなきゃいけないから、普段使ってる重箱くらい大きいお弁当箱は使えないもんね。

 大きいお弁当箱だと背嚢はいのうを背負った時に背中に当たって気になる上に、隙間があると寄り弁になっちゃう。

 端っこにキュッと寄ったお弁当の蓋を開けた瞬間の物悲しさは、何とも言えないからね。



 商店街を歩いていると、普段からそれなりの量を買う私達に次々に声がかかる。

 これまで目利きをして買っていたら、いい商品だと自信がある物をすすめてくれるようになったので安心して買い物ができる。



 いい物が大量にあったら堂々とストレージに片付けられるから買い放題だ。賢者だとバレてよかったと思える数少ない利点だね。

 しかし時々買い物が中断されてしまう、なぜなら……。



「あっ、ホセ! やっと来てくれたぁ~! もぅっ、今度来るって言ってなかなか来てくれないんだからぁ~」



 これである。

 声をかけてきた人はホセと一緒に育った孤児院出身の女性だ。

 こういう女性は一人現れると、芋づる式みたいにどんどん増える。



「ビビアナの手伝いしてるからなんだかんだ忙しいんだよ、お前も顔見せに来りゃいいのに」



「あ~……、ヘタに『希望エスペランサ』の家に行くと色々面倒な事になるから……」



 そう言って目を逸らす女性。

 実際この町ウルスカの女性達からしたら『希望エスペランサ』の男性陣は狙い目だろうから、紹介してって頼んでくる人も多いと思う。

 街中なら偶然会ったとか、営業だとか言い訳できるもんね。



 まぁ、ビビアナをライバル視してた人だと、周りの目以前の問題で顔を出すのは無理だろう。

 確かこの人、私とビビアナが買い物してる時に何度もすれ違ってるけど、声をかけて来た事なかったから後者なんだろうな。



「ホセ、私この近くで買い物してるから」



「待てよ、オレも行くって」



「でもお話しするんじゃないの? 何かあれば呼ぶから話してていいよ」



 女性が店番している店は小間物屋さんなので、今日の私には必要無い店なのだ。

 私はホセの返事を待たずに近くの肉屋カウンターへと向かった。



「おっ、アイルは今日一人で来たのかい? ……ああ、ホセが捕まってんだな。尻尾見れば迷惑がってるのなんて一発でわかるんだから付き纏うのやめればいいのになぁ。っと、それよりパイソンのいいのが入ってるぜ」



 チラリと振り返って見ると、確かにホセの尻尾が揺れていない。

 普段仲間達と話している時はゆっくりだけど揺れている時が多いのに。

 ふぅん、あの人と話しても嬉しくないのか。



「それじゃあパイソンと鶏もも肉を五キロずつもらおうかな、唐揚げをいっぱい作らなきゃいけないし」



「はいよっ。ん? なんか機嫌がよさそうだけど、何かいい事でもあったのかい? 男でもできたのか? なんてな、ははっ」



「もうっ! そんな訳ないじゃない! ……失恋してから一年も経ってないんだからさ」



 肉屋の大将が作業し始めたのをいい事に、聞こえていないとわかっててぽつりと呟く。

 エルフの里で秒で終わった恋は、私の心に引っかき傷を作っているのだ。



 運命的な出会いを求めている訳じゃないけど、恋愛しようと思っても踏み切れない人が多いよ!

 今は独りだけど元奥さんや子供達と生活してたり、変態だったり、母親への思慕をこじらせてたり……って、私なんでホセの事まで考えたの!?



 これまでの私への仕打ちと態度を考えたらないよ、ないない!

 そりゃ精神的にも助けられた事は何度もあるけどさ……。



「準備できたぞ! さっきから何百面相してるんだ? まさか本当に男ができたとか……」



「だーかーらー、違うって! こう見えて色々考える事が多いの!」



「ははっ、賢者様は頭の中も忙しいってか? いっぱい買ってくれたから銀貨二枚でいいよ」



「ありがとう! はい」



「また来てくれよっ」



 商品をストレージに入れて肉屋を離れると、不機嫌そうなホセが少し離れた所で待っていた。

 さっきの人は店の中に入ってしまったようだ。



「話は終わったの? お肉は買ったから次は野菜もちょっと買い足しておこうか」



 機嫌悪そうだけど、さっきの人と喧嘩でもしたの? そんな言葉を飲み込んで歩き出すと、不意に手首を掴まれた。

 振り返るとホセは俯いていて、しかし身長差で難しい顔をしているのが見えた。



「お前……、誰に失恋したんだよ? 聞いてねぇぞ」



「へ!? なんで……って、あっ」



 突然の質問に戸惑ったが、もしかしてさっきの呟きが聞こえたんだろうか。

 話していたからこっちの会話は聞いてないと思ったのに!



「まさか……失恋の相手ってじいさんじゃねぇよな?」



 それこそまさかの勘違いである。



「ホセ? 何をどうしたらそんな考えになるの? そんな訳ないでしょ、おじいちゃんだよ? 今でも亡くなった奥さんの事愛してるって言ってるのに、そんな不毛な事……ないない!」



 思わず苦笑いしてしまい、掴まれていない方の手をブンブンと振って否定した。



「じゃあ誰だってんだよ」



 拗ねたような顔で私をジッと見るホセ。

 その伏せられた耳は反則だと思います。



「い、言いたくないし、黙秘します! ホセには関係な……教えないもん!」



 関係ないって言おうとしたら、一瞬凄く悲しそうな顔をしたので最後まで言えなかった。

 結局手を振り払って家へと走り出し、野菜は買い損ねたけど今日は手持ちでなんとかなるから大丈夫だろう。

 そんな事より唐揚げ作るの手伝ってもらう予定なのに、気まず過ぎて頼めないよぅ。

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