第519話 来訪

「がんばれ! もうちょっと……っ、あぁ~、残念。あははは」



「もう少しだったわねぇ、アリリオ」



 アリリオが誕生してからあっという間に時は過ぎ、首も座って現在はリビングで寝返り練習の最中である。

 横向きにはなれるのに、そこからコロンと戻ってしまうのだ。



「しかし今日か明日にでも成功しそうではないか? あの二人が帰って来たら、初寝返りを見損ねたと悔しがるかもしれんな」



 おじいちゃんはソファに座って、頑張るアリリオをデレデレになりながら眺めている。



「リカルドとエリアスはそこまでアリリオに興味ねぇだろ。だからまだ帰って来ねぇんじゃねぇの?」



 アリリオが生まれてひと月経った頃、リカルドはタリファスへ、エリアスも数年ぶりに実家で親孝行でもしてくると帰省中なのだ。

 トレラーガまでは護衛の仕事をしながら行き、そこからは方向が違うので別行動をするらしい。



 エリアスは「二人で依頼だなんて何年ぶりだろうね」なんて言って楽しそうにしていたけど、出発直前には「しばらくは宿以外では温かい食事が出来ないのがつらい」とぼやいていた。



 リカルドも荷物の重さにげんなりしながら「以前はこれが当たり前だったんだよな」と言っていたので、私はその大きな荷物を見て、ストレージがあってよかったと改めて女神様に感謝した。



「もったいないよね~、この可愛い時期を見逃すなんて。だけどこんなにまとまった休みなんて、今後あるかどうかわからないもんね。特にエリアスは何年も帰ってなかったんでしょ? トレラーガから近いなら、向こうへ行った時に寄って顔見せるくらいしてもよかったのに」



「実家は農家って言ってたからな、帰ったら労働力としてコキ使われるんじゃねぇ? 上に二人兄姉きょうだいがいるって言ってたしな」



 確かに体力のある弟が帰って来たら、農家なら労働力としてフル活用されちゃうよね。

 歳の離れた妹もいるって言ってたけど、そろそろ成人するだろうから色々お祝いをおねだりされてるんだろうなぁ。



 Aランク冒険者なわけだし、もしかしたら周辺の魔物退治に駆り出されてたりして。

 家族のためって事で無償で討伐させられてる可能性もあるよね。



「ふふっ、本当にそんなに大変なら、ちょっとだけコッソリ覗きに行きたいかも」



「行ってみりゃいいんじゃねぇ? 転移魔法ならすぐ行けるだろ?」



「だって行った事ないから場所がわからないんだもん。到着地点を思い浮かべて、そこに魔法式を設置しないと」



 もし場所を知っていたら、ホセの提案に乗ってヒョイヒョイと転移していたかもしれない。

 そして木の陰から大変そうなエリアスをクスクス笑いながら見てやるんだ。



「へぇ、じゃあずっと行ってない場所も行けなくなるんじゃねぇ? たまには行かねぇと景色も忘れちまうだろ?」



「そうなんだよね、だけど気軽に転移して目撃されたらと思うとなかなかねぇ……」



 そんな話をしていたら、おじいちゃんとホセが同時に顔を上げた。

 玄関の方を見ているから、個人で依頼を受けに行ったエンリケが帰って来たのかな?



「はぁ……、しょうがねぇな、オレが出る。予想はつくけどよ……」



 ホセは面倒くさそうにため息を吐くと、起き上がってリビングを出て行った。



「おじいちゃん、エンリケが帰って来たんじゃないの?」



「誰かはわからんが、複数いるようだからエンリケが誰かを連れて来たか、それとも他の客人かもしれんな」



 おじいちゃんがそう言った直後に呼び鈴が鳴って玄関のドアが開く音が聞こえ、なにやらホセが複数の人と話しているようだった。

 賢者に会いたいとか面倒な客だった場合、追い返すためにホセが出てくれたんだろう。



 しかし予想に反して足音がリビングに近付いて来る。

 ガブリエルかバレリオだろうか。

 開いたリビングのドアに視線を向けると、複雑そうな顔をしたホセが入って来た。



「お久しぶりですアイル様! これは……、以前より更に美しくなられて……!」



「「「お久しぶりです、アイル様」」」



 ホセの背後から姿を見せたのは、カリスト大司教と聖騎士の三人だった。

 前に来た時は見れば大司教とわかる立派な衣装だったが、今の姿は教会本部でよく見た簡素な恰好だ。



 リビングに入って来た四人は、私と目線を合わせるためかひざまずいて挨拶を始めた。

 やばい、明らかに以前の私と違うって気付いてるよね。

 固まっていると、カリスト大司教達の視線が私の横に逸れた。



「あ……っ」



 そう漏らしたのは誰だったのか。

 アリリオが正に初めての寝返りという偉業を達成する瞬間だった。

 そしてコロリとうつ伏せになるアリリオ。



「うわぁぁ~、凄いねアリリオ! 初めての寝返り成功だよぅ、頑張ったね~!」



 オムツでモコモコしているお尻をぷりぷりと撫でて褒めると、アリリオは足をバタつかせて喜んだ。

 それにしても、カリスト大司教達が視線を向けてくれていなければ見逃すところだったよ。



「その子がビビアナの子供ですか。可愛いですね」



「うふふ、ありがとうカリスト大司」「でしょう⁉ アリリオってばすっごく可愛いの! 顔立ちがビビアナに似てるから、将来すごくかっこよくなるはずだよ!」



「コラ、アイル。ビビアナが話している途中だっただろう」



「あっ、ごめんなさい……」



 興奮したせいでおじいちゃんに叱られてしまった。

 カリスト大司教はこの時初めておじいちゃんの存在を認識したようだった、そしてジッと見て首を傾げる。



「……もしや、ビルデオのチャルトリスキ伯爵では?」



 カリスト大司教の口から、まさかのおじいちゃんの身元が出た。

 メルチョル司教に話を聞けば、ホセとの関係はすぐにバレる。

 私の事だけじゃなく、もうひとつ口止めする事が増えてしまったようだ。

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