第518話 カリスト大司教の巡礼記 その3

「アルフレド先輩、ここはもうパルテナ国内になるんですか?」



 一行いっこうの中で最も若い聖騎士のエクトルが下船して最年長聖騎士のアルフレドに聞いた。



「ああ、以前アイル様の住むウルスカに向かった時とは真逆の位置にある港だがな」



 『希望エスペランサ』の面々が初めての子育てに追われている頃、カリスト大司教一行はふた月以上かけて五国大陸を通り抜け、更に船で五日かけてパルテナ王国へと到着した。

 アルフレドの言うように、一行の現在地は王都近くの港町モリルトからすれば、大陸の端と端で反対側に位置する港町だ。



 ここから一週間程馬で移動すると、エルフの里周辺に到着する。

 以前トルニア王国から宮廷魔導師となるエルフを探しに来た、ウィルフレド王子達が通ったルートだ。



「この先にウリエル大司教の故郷があるんですよ。特殊な結界があって私達が行く事は叶いませんが、その先にエルフと交流のある村があるので、そこにエルフの里への手紙を預けておけばいいと言っていました。フェヌエル殿の様子を里に知らせて欲しいと言っていましたからね」



「「「ぶふっ」」」



 噴き出したのは聖騎士の三人。フェヌエルの言った事を思い出してしまったせいだ。

 情報部員の二人は直接エリアスに関わった事が無いせいか、首を傾げている。



「いやぁ……、ウルスカに到着したら真っ先にアイル様達に報告したいですね……」



 オラシオが声を震わせながら言った。

 カリスト大司教は穏やかに微笑んでいるだけだったが、付き合いの長い聖騎士三人にはわかっていた。

 三人とカリスト大司教の気持ちは同じだと。



「ふふふ、そのためにも今日は宿でしっかり休んでウルスカに向かいましょう。ここからウルスカまではこれまでと違って教会の数も少ないですから余計な時間はかからないはずですし。その前にこの町の教会に顔を出しておきましょうか」



「「「はい」」」



 聖騎士の三人は返事をすると、いつもの護衛するための位置についた。

 情報部隊のウーゴとイサークは、あえて一行とは距離を取ってから歩き出す。

 離れていた方が万が一襲撃があった場合に対処がしやすいからだ。



「それにしても、この町以外は海と森と山しか視界に入りませんが、よくこんなに発展してますね」



 教会に向かいながら、周りを見渡してエクトルが感心したように呟いた。

 実際ここは陸の孤島状態のはずなのに、タリファスへ向かう時に使われるエトレンナの港町と同等以上に栄えていた。

 


「そうですね、ここは五国大陸からパルテナ国内を通過せず、セゴニアやコルバドに行くためには必ず通る町ですから。王都からも遠いので、ある意味独立した国と変わらないのかもしれません。ただ、エルフの里がある森や山は領地とせずに、建前上国の管理としているみたいですけどね。実際はエルフの里の者が管理しているらしいですが」



「へぇ、それはウリエル大司教から聞いたんですか?」



「ウリエル大司教からも聞きましたが……」



 エクトルの質問に、カリスト大司教は言葉をにごしてチラリと情報部隊の二人に視線を向ける。



「ああ、なるほど。そういう事ですか」



「そういう事です。彼らの情報を元にして、必要とあらば実際に我々が出向いて確認をするという流れが多いですね。…………まぁ、今回のように彼らでも手に入らない情報が他のルートから入って来る事も多々ありますが」



 もちろん今回というのはアイルの女神の化身云々うんぬんというやつだ。

 情報部隊の二人に聞かれてしまうと、当然教皇の耳に入ってしまうので、何気ないフリをしつつカリスト大司教は声だけをひそめた。



 カリスト大司教は情報部隊である彼らが、動きを見るだけで人に聞かれたくない話をしているかどうか見抜いてしまう事を知っているからだ。

 そんなカリスト大司教の行動の意味に気付かず、素直に感心して頷くエクトル。



「さすがですね! カリスト大司教は色々な人に慕われていますけど、誰にでも丁寧に接しているからその分人脈も凄いですよね。私も見習わないと」



「そうですね、中には騎士の中だけで共有される情報というのもあるでしょうから」



「そしてまた私達からも情報を仕入れるんですね」



「ふふふ、そう思ってもらってもいいですよ。私にとって必要な情報であれば、自然と耳に入るようになると思っていますからね。実際アイル様の事も……、そうでしょう? それもこれも女神様のお導きだと思っています。だからこそアイル様の意にそぐわない事にならないように私達にできる事をするだけですよ」



 揶揄からかうようなエクトルの言葉にも、カリスト大司教は泰然たいぜんとして頷いた。

 これはカリスト大司教が私欲などではなく、教会のため、アイルのために行動しているからに他ならない。

 ゆえに己の行動に一切のやましさを抱かないのだ。



 ただ、そこに自分の好みというか、好奇心を満たすための行動が全く無いわけではなかった。

 その匙加減の絶妙さが『評判のいい大司教様』という存在を作り上げたと言っても過言ではない。

 この日も教会にてしっかりと『教会本部の大司教様』として評判を上げるカリスト大司教であった。

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