第516話 幻影魔法

 皆の視線に気圧されて観念した私は、おじいちゃんの膝からピョイと飛び降りて呪文を唱えた。



「えっと……『魔法解除マジックリリース』からの……『幻影イリュージョン』」



 一度幻影魔法を解いてからかけ直す。これで三歳児の私におじいちゃんとお揃いの耳と尻尾がついているはずだ。

 皆の反応が気になり視線を向けると、興味深そうにマジマジと見られた。



「うわぁ、アイルが獣人の子供を可愛いっていうのがわかった気がするよ」



「とりあえずエドガルドの前でその姿になるのやめておいた方がいいね」



 エリアスとエンリケが私の両脇に移動して顔を覗き込む。



「エドってここまで小さい子には興味無いんじゃないかな? 屋敷で働いていたメイドさんとか、アルトゥロとか皆十歳は超えていたと思うけど」



 エドの場合、恋愛対象として見ているから、お世話が必要なくらい小さい子供に興味を持っているところは見た事が無い。



「ただの子供だとそうだろう。だがアイル本人となれば別じゃないか?」



 リカルドが腕組みして呆れたような目で……ホセとおじいちゃんの二人を見ながら言った。

 私も二人を順番に見ると、二人共残像が見えるくらい尻尾が高速で動いていた。



「おお! こんなに愛らしい子は始めて見たぞ! アイル、おじいちゃんのお膝においで」



 おじいちゃんが自分でおじいちゃんって言うの、初めて聞いた気がする。

 しかも明らかにさっきよりも好感度が高くなってない!?

 ホセが以前恋愛においても同族の方に惹かれやすいって言ってたけど、同族だと好感度自体が高くなるのかな。



「じいさんはさっきまで膝に乗せてたんだろ。アイル、こっち来いよ」



 ホセが両手を広げて待っているが、おじいちゃんとホセの二択ならおじいちゃん一択なのだ。

 そんな訳でおじいちゃんの膝の上に横向きに座ると、エリアスが吹き出した。



「ぶふっ。くく……っ、ざ、残念だったねぇホセ」



 エリアスが笑いをこらえ切れずプルプルしながら言うと、もの凄く不機嫌そうな視線を向けられている。

 ここは一応フォローを入れておくべきか。



「だってさぁ、アリリオが寝ちゃっておじいちゃんが残念そうにしてたから幻影魔法使ったんだもん。おじいちゃん優先なのは当たり前でしょ? ホセはさっきまでアリリオ見てたんだからいいじゃない」



「チッ」



 舌打ちしながらも耳が伏せられていて、ガッカリしているのがわかって妙に罪悪感を抱かせられてしまう。



「も~、近くで見たいなら隣に座ればいいでしょ!」



 三人掛けのソファなんだから私とおじいちゃんの隣は空いているのだ。

 不服そうな顔をしながらも、ホセは隣にドッカリと座り、私の髪を指でくようにいじりだした。



「そういえばホセの時は出産当日に見たきりだったからなぁ、このくらいの時の姿も見たかったものだ」



 少し寂しそうなおじいちゃんの声が頭上から聞こえた。

 ……小さい頃のホセかぁ、きっと今と全然違って可愛いんだろうなぁ。



「ねぇホセ、ホセの三歳くらいの時の姿ってどんなのか覚えてる?」



「あぁ? そりゃまぁ教会に鏡はあったし、オレら獣人は人族よりは成長が早かったから覚えてるっちゃあ覚えてるけどよ」



 思い出しているのか、天井を見上げて私の髪を梳く手を止めるホセ。



「『幻影イリュージョン』」



「は? …………ハァァ!?」



「おお! これは愛らしいな!」



 私の紡いだ呪文の直後に自分の両手を見て驚くホセと、嬉しそうなおじいちゃの声。

 昔のホセの姿はわからなかったから、ホセの記憶を利用したのだ。

 つまりはホセの記憶の通り、三歳の時の姿になっているという事。



「だけど三歳にして大きいよね? やっぱり獣人の成長が早いせいなのかい?」



「ああ、獣人であれば三歳で大体このくらいの成長はするぞ」



 エリアスの質問を、まだ驚いて固まってるホセの代わりにおじいちゃんが答えた。

 


「騒ぐかと思ったけど、アイルが静かじゃない?」



 エンリケが不思議そうに首を傾げたが、私の頭の中は凄く忙しくて反応が遅れただけだったりする。



「~~~~~ッ!! ホセってば可愛い~! この姿だったら獣化してなくても一緒に寝たいくらいだよ!」



 隣に座る三歳児ホセの頭をよしよしと撫でる。

 実際は大きいホセの頭を撫でているけど、幻影魔法のせいで感覚が誤魔化されているので変な感じだ。



 実際に小さくなってたら頭を撫でるだけじゃ済ませられない可愛さなのだ、これはマザー達も可愛がっちゃうよね!

 ビビアナが昔は可愛かったって言ってたの本当だったんだなぁ。



「だったら今夜はこのまま添い寝してやろうか?」



 ニヤリと笑う三歳児ホセ。

 うぐぅ、小さい子の悪ぶってるような生意気な笑みって可愛い……!

 ハッ! ダメよアイル、いくら見た目が子供でも実際は大きいホセなんだから!



 うっかり頷きそうになる自分を叱咤しったして、プルプルと首を振る。

 そんな遣り取りをしていたら、リビングのドアがノックされてリカルドが返事をした。



「ビビアナもアリリオも落ち着いたし、そろそろ教会に戻……まあぁぁぁぁ!!」



「懐かしい姿ですね、マザー! これはアイルの魔法なんですか!? アイルも可愛らしいですねぇ」



 マザーとシスターイレネが帰りの挨拶に来てくれたようだが、三歳児姿の私達を視界に捉えた途端に目を輝かせた。



 そしてホセを撫で回し始めた二人によりホセがギブアップ宣言をしたため、幻影魔法は解除される事となった。

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