第513話 走れアイル
新年を迎えてひと月と少し過ぎたその日、私は人生で最も真剣に全力疾走した。
もちろん身体強化をつかって。
「マザーーーーー!! ビビアナが産気づいたぁぁっ!!」
「うわっ、びっくりした。アイルじゃないか。デカい声だしてんじゃねぇよ、ビビアナ姉ちゃんが産気づいたくらいで……って、産気づいた!? マザー! マザー!!」
バーンと
同じく座席を磨いていたリタが駆け寄る。
「アイル! とうとう産まれるのね!? うわぁ~楽しみ~!」
雑巾を握りしめてピョイピョイと飛び跳ねて喜ぶリタ。
リタとファビオはビビアナの妊娠を報告した時に不安そうにしていた二人である、……私をおばさん呼ばわりした二人だ。
私はといえば、リタの声は聞こえていても頭に入って来なかった。
身体強化して走って来たから息は切れていないけど、ビビアナの初めての出産という事で心臓が騒がしくて仕方ないのだ。
予定日より一週間早いけど、臨月だから問題無いと自分を落ち着かせる。
「アイル! マザー連れて来たぞ!! マザー早く!!」
「ふふっ、初産なんだから今日中に産まれるかどうかじゃないかしら? いつから陣痛は始まっているの? 今は何分間隔かわかる?」
おっとりと笑うマザー、専門の産婆さんと同じくらい子供をとりあげてきた余裕なのだろう。
「それが……、陣痛自体は昨夜からだったらしくて、本人はずっとお腹が張ってるだけだと思ってたらしいの。だけどさっき破水して……」
今はもう昼過ぎなのだ、お腹を気にしているのは昼食の時から気付いていたけど、てっきり赤ちゃんがお腹を蹴っているのだとばかり思っていたのだ。
破水した途端に凄く痛がり始めたビビアナを思い出して涙が出そうになる。
「あらあら、それだと思ったより早いかもしれないわねぇ。ファビオ、先に行くからシスターイレネに知らせて後から来てと伝えてちょうだい。メルチョル司教様、あとはよろしくお願いします」
「わかった! すぐ呼んでくる!」
「お任せください」
ファビオとメルチョル司教の返事を聞いて、私はマザーに背を向けてしゃがんだ。
「さ、マザー乗って!」
「「「…………」」」
「マザー?」
「アイルったら、破水しても初産ですぐ産まれるなんて
「……はい」
ぐぅ、リタに正論でお説教されてしまった。
「もし、途中で連絡が入ったらアイルの背に乗せてもらうわね? それじゃあ急ぎましょうか」
マザーとメルチョル司教の優しい眼差しが痛い。
優しく背中を押されてマザーと二人で少し急ぎ足に家へと戻った。
家に到着すると、ホセが呼びに行っていたセシリオも息を切らせて帰って来たところだった。
私達が帰って来た事に気付いたのか、二階からエンリケが、キッチンからはエリアスとリカルドが出て来た。
「お帰り、ビビアナの陣痛は一分間隔になってるよ。言われた通り痛がってる時に腰を丸く撫でたり、ストローで水を飲ませたりして今痛くなくなったところだよ」
「ありがとうエンリケ! セシリオ、寝室におじいちゃんがいるから交代ね! 『
「わ、わかった!」
セシリオは返事をすると、急いで階段を駆け上がって行った。
すべき事は事前にレクチャーしてあるけど、あのテンパりようだと頭から飛んでる気がする。きっとおじいちゃんが教えてくれるだろうから大丈夫かな?
「僕達はとりあえず言われた通りお湯を沸かして部屋の加湿しておいたから。キッチンに置いてった寸胴鍋は全部お湯沸かしてよかったんだよね? アイルが魔法で出せば早いんじゃないかな~って思ったけど、あえて鍋で沸かしているんだよね?」
「も、もちろん! さぁ、マザー、ビビアナのいる寝室へ……その前に洗浄魔法かけるね『
エリアスに言われて頷いたけど、お湯で加湿するのは乾燥で喉を傷めないために必要な事だし、確かに私が魔法で出してもよかったかな~って思わなくもないけど、私はマザーのお迎えがあったから必要! うん。
決して時代劇とかの出産シーンで「お湯を沸かして!」っていうセリフをよく聞くからって、つい言っちゃったとかじゃないから!
エリアスから目を逸らしつつマザーに洗浄魔法をかけた。
「まぁ、これが洗浄魔法なのね! 凄くサッパリしていい香りもするのねぇ、驚きだわ」
驚きながらも階段を上がるマザー。
『あぁ……っ、痛い……!! 産みたい……っ、いきみたい……っ』
主寝室のドア越しにビビアナの辛そうな声が聞こえて来た。
「マザー!」
「あらあら、どうやらもう産んでもよさそうね。アイル、清潔な布とお湯はある? あと太めの糸と
「うん! 事前に教えてもらった通り準備してあるよ! もっと必要なら言ってくれればすぐ準備するから!」
マザーがドアを開けると、ちょうど陣痛の合間に入ったのか、ビビアナがすぐにこちらに気付いた。
「マザー……」
マザーの顔を見ると、明らかにビビアナの顔に安堵の色が浮かんだ。
「頑張ってるわね、次の陣痛で我慢できなければいきんでもいいわよ。もうすぐシスターイレネも来るだろうから、皆出て行って……旦那様はそのまま手を握っていてもらった方がよさそうね」
出て行ってと言われた瞬間、二人がギュッと手を握り合ったのを見てマザーが苦笑いしながら言った。
「さ、アイル、部屋を出るぞ」
「え!? 私は付き添いを……」
「セシリオだけで十分だろう、ビビアナ本人より落ち着けないお前がいては集中できんだろうしな」
おじいちゃんは私をヒョイと抱き上げて連れ出してしまった。
ビビアナ本人もマザーも同意見だったらしく、引き止める人は誰もいなかったので私はおとなしくドアの前で手を組み祈った。
「女神様、ビビアナが無事に出産できますようお守りください」
ドアの前で仲間達と共に一時間過ごし、女神様の微笑みが脳裏を
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