第503話 黒幕はいるのか

「気合入れたら一つ向こうの村まで行けるよね? 頑張る気、ない?」



「ア~イ~ル~! 馬達にそんな無茶言っても無理だよ、今日はこの町に泊まるってリカルドがさっき言ったじゃないか。もう受付しに行っているんだし、治癒魔法じゃ疲労は取れないんだから休ませてあげなよ」



「はぁい……」



 次の村に行けたら一日早くウルスカに到着できるとわかっているので、リカルドが宿屋の受付をしている隙に無駄とわかっていながら馬達に話かけていたら御者席に座っているエンリケにたしなめられた。

 暗くなるのが早い冬じゃなければ行けたのに!



 皆もずっと馬車で移動していたから外に出て思い思いに身体を伸ばしている。

 トレラーガでしばらくゆっくりしていたけど、三日も馬車移動したら身体もなまるというものだ。



「本当にアイルはビビアナが好きだよね。今まで我慢できたんだから、あと三日くらい我慢できるでしょ?」



 エリアスが苦笑いしながら肩を竦めた。



「今日中に次の村に行って、朝早く出発したら二日我慢したらいいだけなんだもん……。昨日は雨で一日足止めされちゃったしさ」



 野営しながら馬で移動していたなら、昨日雨が降り出したくらいの時間にウルスカに到着できていたかもしれないのだ、そう考えたら今でも十分我慢していると言える。



「それじゃあ明日は早朝に出発して夜は野営にするかい? そうすれば今夜ここに泊まっても二日以内に到着できるでしょ?」



「いいの!? ありがとうガブリエル!!」



 素敵な提案をしてくれたので、思わず抱き着く。

 欲を言えば、もっと早くから言ってくれてたら今頃とっくにウルスカに帰れていたのになぁ、なんて。



「ただその分アイルの手料理を食べる回数が減ってしまうのが残念だけどね」



 うっ、そんな事言われてしまうと罪悪感が……。

 ガブリエルから離れて少し考える。



「あ、そうだ! だったらウルスカに帰ってから一度研究所の皆にも料理を作りに行こうか? 皆で一緒に食事しながら報告とかし合ったらいいと思うの。その方がタミエルも早く皆と仲良くなれるんじゃない?」



「けどよ、ガブリエルの部屋に調味料とか少ねぇんじゃねぇの? ウチで作って持って行った方が早くねぇ?」



「あ、そうか。ガブリエルも待ってる時間が無い方がいいよね」



 ホセに言われて気が付いた、確かにガブリエルの部屋には調味料が充実しているとは言い難い。前回のイカのバター醤油焼きはバターと醤油だけ持って行ったから問題無かったけど。



「そんな事無いよ! アイルが料理してる姿や料理ができあがっていく様子を見るのは楽しいから、私の部屋で作って欲しいな。調味料はアイルのストレージに入れて持って来てくれればいいじゃないか、使った分の代金は払うからさ」



 確かに私もガブリエルが魔導具を作ってるところを見るのは楽しいから、気持ちはわかるかも。



「だったら作りに行くよ、ウルスカに到着するまでに何が食べたいか考えておいてね」



「それならば私はカレーが食べたい」



 ガブリエルが返事するより早くタミエルが答えた。



「タミエルがカレーって言ってるけど、どうする? カレーでいい? あとサラダくらいは付けるけど」



「部屋が取れたから中に移動するぞ」



 相談していたらリカルドが戻って来た。



「それじゃあ俺が馬車を移動させておくから先に行っていいよ」



 車内には誰も乗っていないので、エンリケは宿屋の裏へと馬車を預けに向かった。

 残りのメンバーが宿屋の中へと向かう中、タミエルがガブリエルにカレーリクエストを通すべく説得していた。



「ガブリエル、アイルはカレーをいつも大きな鍋で作るだろう? 研究所の所員だけであれば何食分かにはなる。他の物にしたら一食だけでアイルの料理は無くなってしまうがいいのか?」



「た、確かに……!」



「だったら栄養的には野菜スープがおすすめなんだけど」



 部屋に向かう階段の途中で振り向いて口を挟む。

 大鍋で作る料理はカレーや野菜スープだけじゃないんだけど、普段の食事でガブリエル達が栄養の事を考えているとは思えないのでおすすめしておいた。



「だけどカレーって聞いちゃったら食べたくなっちゃったしなぁ。両方っていうのはダメ?」



 ガブリエルは私の後ろ、つまり階段で私より下にいるので上目遣いで私をジッと見た。



「材料をガブリエルが準備してくれるなら大丈夫だよ。ウルスカに帰ったら遠征中の作り置きのために買った大鍋は使わなくなるから、いくつかガブリエルのところに置きっ放しにしても問題無いし」



「やったぁ! ありがとうアイル! よかったねぇ、タミエル」



「うむ。アイル、感謝する」



 ガブリエルの満面の笑みはいつもの事だが、エルフの里で会った頃より格段に表情が豊かになったタミエルも嬉しそうに笑った。



「あはは、そんなに喜んでもらえるなら作り甲斐があるってものだよ。到着した次の日くらいでいい?」



「うん! 到着した日に買い出ししておくから、必要な食材教えてね」



「わかった。それじゃ、夕食の時間にね」



 リカルドが入って行った部屋に入りながら最後に告げてドアを閉め、くつろぎやすいように全員に洗浄魔法をかけた。



「お前、ガブリエルにあめぇんじゃねぇ?」



 各自持っていた背嚢はいのうをベッドの横に置きながら、ホセがジトリとした目を向けてきた。



「えぇ~? むしろ今回はガブリエルが私に甘いんだと思うけど。普通護衛の希望を聞いて野営するって言ってくれる依頼主なんていないんじゃない?」



「違うよアイル、ホセはアイルがガブリエルのところに料理を作りに行く事が気に入らないから……って、あれ?」



 話してる最中にエリアスがいきなり横に飛び退いたと思ったら、なぜか首を傾げてホセを見ている。



「どうしたの?」



「いやぁ、いつもなら『余計な事言うんじゃねぇ』とか言って手刀が来るはずなんだけど」



 確かに揶揄からかうような事を言われたら、ホセはいつも怒るもんね。

 怒られるのわかってて言うエリアスもどうかと思うけど。

 エリアスと一緒にベッドに寝転んでいるホセを見る。



「別に、本当の事だからな」



 なんて事ないように言ってからニヤリと笑った。

 どうもここ最近のホセの態度がおかしい、まるで学生が社会人になったみたいに落ち着いているというか。



 時々おじいちゃんと話すからってビビアナとの連絡用通信魔導具を貸してたけど、何かアドバイスでもされてるの!?



 そんなホセに「反応の薄いホセなんてつまんないよ」と言って枕をぶつけられているエリアスを横目に、四台しかない部屋のベッドに今夜はエンリケのベッドにお邪魔すべきかと頭を抱えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る