第499話 出産祝い選び 2

「まだかかるのかよ……」



「ちょっと待ってて、これは重要案件だよ! ね!?」



「はい! この発想は無かった事です。異世界の細やかな心配りが素晴らしいですね」



 呆れるホセを放置して私とオバンドが話し込んでいるのは、赤ちゃんの肌着の事である。

 いざ選ぼうとしたら、なんと縫い目が内側にあったのだ。

 そしてその事をオバンドに指摘すると、物凄い勢いで喰いついてきた。



 なぜ独身の私がベビー服に詳しいかというと、歳の離れた弟がいたからではない。

 自分も子供だった時にそんなに細かい事まで覚えている訳がないのだ。



 理由は単純、寿退社した料理の苦手な友達に簡単な料理を教えていたのだが、結婚とほぼ同時に妊娠が発覚したので子供が一歳になるくらいまで毎週出入りしていたせいだろう。



 子供が一歳になる頃には友達も問題なく料理が作れるようになり、私はお役御免になったのだ。

 それでも時々遊びに行けば鼻水が出た時に母親である友達が傍にいるのに、私に拭けと言わんばかりにティッシュを渡してくるくらい懐いてくれていたもんね。

 思い出したら会いたくなっちゃう。今はビビアナと生まれて来る赤ちゃんの事を考えよう。



「縫い目が内側だからお古の肌着がこれまで人気だったんじゃない? 高級な柔らかい布ですら赤ちゃんの肌に縫い目の跡がつくだろうし」



「確かに高級品を使っているお貴族様はともかく、新品だと赤ん坊がぐずりやすいと聞いた事はあります。賢者様がお求めになる分は急いで作らせましょう。そうですね……明日の午前中にはご用意できるかと」



「本当!? よかった~、明日出発予定だからトレラーガを出る前に寄るね」



「はい、お任せください」



 オバンドはドンと胸を叩いて請け負ってくれ、すぐに針子へ支持を出すために奥へと向かった。



「オイ、作業を遅らせるように指示するとかするなよ」



「そんな事する訳ないだろう? アイルが早くビビアナに会いたがっているのを知っているというのに」



 オバンドを目で追っていたエドをホセがジロリと睨む。

 しかしエドはサラリとかわしてフンと鼻で笑った、確かに私の意に沿わない事はしないよね。



「大丈夫だよホセ。そういう裏工作した事がバレた時のリスク考えたら……ねぇ、エド?」



「そんな恐ろしい事を言わないでくれるかな? 想像するだけで私の心臓が軋む音が聞こえるようだよ」



 悲しそうな表情を作って胸を押さえるエド。だけど内心は余裕だよね、なぜなら絶対実行しないから。

 とりあえず肌着は明日受け取るとして、おくるみとベビー服の吟味ぎんみを続ける。



「性別がわからないから、やっぱり黄色が無難かなぁ」



「ビビアナの勘だと男だって言ってたぜ」



「じゃあ男の子っぽく青系だね」



「別に性別にこだわらず好きな色を贈ればいいんじゃないかな? ビビアナの勘が外れるかもしれないじゃないか」



 私とホセが話していたらエドが不思議そうに首を傾げた。



「こういう母親の勘って結構当たるんだって。他にも上の子が夜泣きするようになって不思議に思ってたら妊娠してたとか、お腹の子と会話してたとか聞いた事あるもん、神秘だよね~。あっ、コレ可愛い! この二枚とこっちのにしようか、どう?」



 キルティングの暖かそうで、なおかつ胸元にレースの飾りが付いた外出用ベビー服を二枚と、シンプルな部屋着用を選んで二人に見せた。



「ああ、それならいいんじゃねぇの。そのレースは必要ねぇとは思うが、赤ん坊ならそんくらいいいだろ。ビビアナも好きそうなやつだしな」



「だよね! あんまりたくさん買ってもすぐにサイズが変わっちゃうだろうから、服は少なくていいと思うんだ。しょっちゅう吐くから肌着だけは多めに準備しないといけないけど」



「さっき三セット注文していたが、多めとは言い難いんじゃないのかい? もう少し追加しようか?」



 エドはオバンドが引っ込んで行った店の奥をチラリと見た。



「ううん、大丈夫。だって、私がいるんだよ? オムツだってすぐに洗浄魔法で綺麗にしてあげられるから問題無いよ!」



 胸を張ってドンと拳で叩く。

 そんな私にホセは呆れた目を向けてきた。



「お前……本気で離れねぇ気なんだな……」



「当然だよ! 赤ちゃんは一日ですごく成長しちゃうんだよ!? 初めての寝返りとか、初めてのつかまり立ちとか、可愛い瞬間を見逃したくないもん!」



「へいへい。どうせ皆長期休暇に同意してんだから、その間は好きにすりゃいいさ」



「そんな事言ってぇ~、ホセも私に負けないくらいべったりして可愛がるんじゃないの~?」



「オレはガキの世話なんて飽きるほどやってきてんだからそれはねぇよ。むしろビビアナがオレに子守りを押し付けて来ねぇか心配なくらいだぜ」



「そっか、そういえばホセは子供の相手得意だもんね。だけど外で遊ばせるんじゃなくて、赤ちゃんのお世話となったら勝手が違うんじゃない?」



「そんな事ねぇよ。子守りだけじゃなくて世話だってちゃんとやれるからな。オレを旦那にすりゃ子育ては楽できるぜ?」



「…………」



 私に母親の面影を求めている事を指摘したあの日以外にホセからこういうアピールされたのは初めてで、思わず固まってしまった。



「何を言っているんだホセ、君はアイルの事を諦めたのだろう? 出産祝いは選び終わったんだから、娼館でもどこでも好きな所に行くといい。君、この商品は明日受け取る肌着と一緒に包んでおいてくれ。請求は私のところに頼む。さ、アイル、帰ろうか」



 固まった結果、見つめ合う形になった私とホセの間に視線を遮るように身体を滑り込ませてホセを追い払おうとするエド。

 控えていた女性店員に指示を出してホセから引き離すように店を出た。

 しかし、当然ホセも一緒に店を出て同じ馬車に乗り込むと、私の向かいに座ってニヤリと笑った。



「アイル、今夜一緒に寝るか?」



「い、いい!」



 エドが抗議の声を上げるより早く、なぜか私の口が勝手に断った。

 きっと余裕げなホセの笑みにムカついたからに違いない。

 馬車が屋敷に到着するまでの間、殺気を飛ばし続けるエドに対してもホセが笑みを消す事は無かった。

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