第497話 出産祝い選び 1

 エドの屋敷から馬車でベビー服が売っている店に来た。

 確かここは前にビビアナのマタニティ服を買った店のはず。だけど店の前に掲げられている看板には、見覚えのあるマークが追加されている。



「ねぇエド、あれってエドの商会のマークじゃなかった?」



「ああ、前にアイルと来た後に色々と商談をしてね。商品開発の相談をしてたら傘下に入りたいと向こうから言い出したんだ、これもあの時アイルが教えてくれた事が切っ掛けだから感謝してるよ。素晴らしい商品がたくさんできたからね、色々と……」



 いい笑顔なんだけど、なんだろう……何か不穏な物を感じる。



「エドには色々お世話になってるし、私の意見が参考になったのならよかった」



「アイルの世界の人達の発想は素晴らしいからね。それより……、どうしてホセも一緒に来ているのかな?」



 私に向けていた笑顔から打って変わり、眉間に皺を寄せてホセを振り返った。



「そんなもんオレが一番ビビアナの好みを知ってるからに決まってんだろ」



 シレッとついて来ているホセ。

 言っている事は事実なので断る理由は無いのだ。

 店内に入ると店主のオバンドが笑顔で現れた。



「これはこれはエドガルド様と賢者様。おや、『希望エスペランサ』のホセさんでしたか? ようこそいらっしゃいました。賢者様にご提案頂いた商品は飛ぶように売れてまして……、それにエドガルド様とのご縁を繋いでいただいた事にも感謝しております」



「という事は抱き枕が商品化されたの!? ビビアナってば今はセシリオか、いない時はセシリオの枕に足を乗せてるみたいだけど、ちゃんとした抱き枕の方が高さとか使いやすいと思うんだよね」



「はい、そちらの棚にございますよ。右から左へ段々品質がよくなってますので、触り比べていただけば違いがおわかりになるかと。これまでこんな最高品質の布を手に入れる事ができなかったのですが、エドガルド様の人脈のおかげで商品の幅が広がりました」



「へぇ、てっきりエドが自分の欲しい商品を作らせるために強引に傘下に入れたのかと疑ってたけど、ちゃんと利があって傘下に入ってたんだね」



「はは、酷いな。私は商売に関しては誠実な男だよ」



「冗談だよ、冗談。あはは」



 前にビビアナのマタニティ服を見に来た時に何か考え込んでいたから怪しんでいたけど、この前エドの寝室に入った時には何も怪しい物は無かったもんね。

 捜索したわけじゃないから隠してあったらわからないけど。



「おい、コレなんていいんじゃねぇ? 手触りもいいし、柔らか過ぎねぇから足乗せるのにもよさそうだぜ」



 先に抱き枕を吟味していたホセが手に持っていた抱き枕をポイとこちらに投げた。



「うわっと! わぁ、本当だ、この布の手触りが凄くいいね。ずっと触っていたいくらい」



 ムギュッと抱きしめるように受け止めると、サラサラなのにふんわりしていて思わず頬ずりしてしまった。



「色はやっぱりセシリオの目の色に合わせてオレンジかなぁ。それとも髪の色に合わせて明るい茶色の方がいいかな?」



「基本的に瞳の色に合わせるのが定番じゃないかな? 店主、コレを包んで私の屋敷に届けてくれ。アイル、好きな色を選ぶといい、君にもプレゼントするよ。ビビアナにはオレンジのカバーでいいかい?」



 エドは私からヒョイと抱き枕を取り上げると、好きなカバーを選ぶように促してきた。



「うん、だけどビビアナの分は私が買うよ。エドは出産祝いを買いに来たんだし、抱き枕だとビビアナへのプレゼントになっちゃうでしょ?」



「出産で頑張るのはビビアナだからね、子供の分だけじゃなくてもいいさ。先日この店に寄った時にある程度選別するように言ってあるから、子供服は選ぶのにそう時間はかからないだろうし、他にも必要な物があるのなら贈らせてもらうよ」



 さすが、商会長なだけあって太っ腹だね。

 エドが支払うと言えば傘下のオバンドはエドの言う事を優先するだろうから、ここは素直に任せようかな。

 さっそく抱き枕カバーの棚を覗いて選ぼうとしたら、ホセが棚からひとつ抜き取った。



「これでいいんじゃねぇ? ウチのベッドは生成りのシーツ使ってるだろ? これなら違和感無く置けるしよ」



 そう言って差し出したのは象牙色のカバーだった。

 撫でるとやはり気持ちいい手触り。



「ふふ、なんかこの色獣化したホセの身体の色に似てるね。一人で寝る時も寂しくないかも」



 これで端に向かって茶色のグラデーションだったら、更に獣化したホセみたいだったのに。

 私は折り畳まれたカバーを受け取ると、普段獣化したホセにしているようにグリグリと顔を擦りつける。



「そ、そんなのたまたまだ。それよりまだ金払ってねぇのにそんなに顔を擦りつけんじゃねぇよ」



 私の頭をワシワシ撫でると、ホセはプイと顔を逸らした。



「コホン。アイル、君にはこちらの可愛らしい色が似合うと思うのだが、どうだろう?」



 隣に来たエドが差し出したのは桜を彷彿させるやさしいピンク色だった、懐かしい色に思わず頬が緩む。

 そういえばエドの屋敷の私の部屋もピンクまみれだったけど、エドの好きな色なんだろうか。



「どっちもいいなぁ、気分でカバー替えるのもありだよね。春になったらこっちのピンクを使いたいかも」



「気分で替える……か、それもいいね。それとも屋敷うちのアイルの部屋に置いておこうか? 春になったらビビアナと子供を連れて遊びに来ればいいじゃないか」



「赤ん坊連れて一週間も移動できるかよ、無茶言うんじゃねぇ」



 私が答えるより先にホセが反論した。

 ホセのお母さんが産後すぐに無茶な長旅をして亡くなった事を知ったんだもん、そりゃ神経質にもなるよね。

 しかしエドは明らかにムッとしている、オバンドがハラハラしながら必死に私にアイコンタクトを送ってきた。仕方ない。



「そうだね、せめて一歳になって普通のご飯が食べられるようになってからの方がいいかなぁ。だからカバーは両方持って帰りたいな、エド、買ってくれる?」



「もちろんだよ! アイルが来れないのなら私が会いに行けばいいだけだし、気にしないでくれ」



「で、ではオレンジ色の物とそちらの商品はお包みしておきましょう。赤ん坊の服はこちらに用意してありますのでどうぞ」



 エドの機嫌が直った瞬間にサッと商品を受け取り、案内をするオバンド。

 機を見てエドの傘下に入った事といい、今のタイミングの見計らい方といい、オバンドは案外大物になるかもしれない。

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