第495話 口止めパン

「もう話す事無いよね! そろそろエドやガブリエル達に声かけようか」



 第三者がいればこれ以上追及やお説教を回避できるだろうという下心も少々ありつつ、エドが言っていたベルに手を伸ばす。



「いや~、これでうっかりダブルベッドの件をエドガルドの前で言っちゃったら大変だよねぇ~、皆気をつけなきゃだめだよ?」



 楽しそうなエリアスの声に思わず手が止まる。



「べ、べつに一緒に寝た訳じゃ無いもん。それに普段ホセやおじいちゃんとも同じベッドで寝てるからエドだって今更そんな事で騒いだりしないでしょ」



「いやいや、昨日まで……いや、今朝までのエドガルドを見ていたらそんな事は言えないよ? ね?」



 エリアスはホセとエンリケに同意を求めて振り向いた。



「まぁ、そうだね。実際アルトゥロがエドガルドに『もうすぐここに来るお二人を迎えに行って戻った途端に仕事三昧と、お二人が到着してから一緒に過ごす時間を確保するために今の内に仕事を前倒しで片付けておくの、どちらがいいかよくお考えになってくださいね』って言ってなかったら屋敷を飛び出していたと思うよ」



「だよな。ずっとソワソワしてるエドガルドが一緒だと落ち着いて食事できねぇだろうからって、一度も一緒に食ってねぇしよ。別にアイツの顔見ながら食いたかねぇし、どうでもいいけどな」



 ホセはフンと鼻を鳴らすと、お茶請けのクッキーを口に放り込んだ。



「でもほら、皆が何も言わなければ問題無い訳だし……」



「うん、僕達がね?」



 エリアスがニッコリと笑みを浮かべた。

 これ絶対言うやつだよね!?

 ジトリとした視線を向けてもエリアスは笑顔を崩さない。



「何が目的なの?」



「やだなぁ、目的だなんて。そりゃあ凄く美味しかったパンのお土産が無いのは悲しいなぁとは思うけどね? いいんだよ、僕達はアイルの料理を食べられず隣町の安宿で待ってたのに美味しい物食べてた事に怒ってなんかないから」



 そういえばさっきプレッツェルの話もしたっけ、内心舌打ちしながらストレージからパン屋で買ったまだ温かいプレッツェルを出した。



「もうっ! そんな風に言わなくてもちゃんとお土産として買って来てるから安心してよね!」



 取り出したプレッツェルをエリアスの頬に押し付けるように渡した。



「あはは、さっすが~! でもちょっとだけ熱いから顔はやめて欲しいな」



「お前がバカな事言ったせいだろうが。普通にパン食いてぇって言やぁいいだけだろ? アイル、オレも食う」



「プレッツェルかぁ、俺も久しぶりに食べたいな」



 ホセとエンリケが手を出したので、ひとつずつ手渡した。

 するとすぐにパキッと耳に心地よい音と共に、パンくずがパラパラとフカフカの絨毯の上に落ちていく。

 仕方ない、食べ終わってから洗浄魔法で綺麗にすればいいか。



 三人の口が塞がったので、今度こそベルを手に取り鳴らした。

 すると見た事の無いエドより年上っぽいメイドさんとアルトゥロが共にやって来て、お茶の置かれたカートを入れ替えて新たなカップをリカルドとは反対の私の隣に置いた。



 ソファが無い場所なのになぁと思っていたら、アルトゥロがオットマン足置き用ソファを私の隣に置くと二人はサロンから出て行った。

 そして入れ替わるようにエドがサロンに入って来る。



「話は終わったようだね、道中何も無かったかい? アイルに何かあったら私は平静でいられる自信がないからね」



「えっと……、色々あったけど、最終的には何も無かったかな? エドもプレッツェル食べる? それとも明日の朝食の時に出した方がいいかな、今からだと夕食に差し支えるかもしれないし」



 チラリと視線を向かいの三人に向ける。



「オレ達はこのくらい問題ねぇよ、もうひとつ食べたって大丈夫なくらいだぜ」



 ホセがそう言って口の端をペロリと舐めると、付いていたパンくずが絨毯の上に落ちた。



「だけど食べるならテラスか食堂の方がいいかもね。ほら、足元見てよ、こんな毛の長い絨毯にパンくず落としたら掃除する人が大変でしょう? 今回は私が綺麗にするけどさ『洗浄ウォッシュ』。あ、そういえば初めて見るメイドさんがいたね」



「ああ、彼女は以前貴族の屋敷で働いていた人だからとても優秀で助かっているよ。それに元同僚だから色々と安心だしね。ナジェールに住んでいたらしいが、クレメンテに会った時に私の話を聞いて働きに来てくれたんだ。幼い頃に世話になった一人でね、どうも彼女の中で私は今でも幼い子供のようで……アルトゥロが二人に増えたようだ」



 最後にボソッと呟いた言葉には、とても実感が籠っていてサロンの中が一瞬シンと静まり返った。



「あ……あ~、クレメンテって『自由リブレ商隊』の? 醤油の需要があるのは要塞都市エスポナで会った時に教えたけど、本当にナジェールまで行ったんだねぇ」



 一瞬ナジェールの国名が出たから、タリファスの第三王子の事がバレたかと思ってドキッとしたが、違ったので内心安堵の息を吐いた。

 過ぎた事とはいえ、エドが知ったら騒ぎそうだもん。



「アイルのお陰で凄く儲かったらしくて感謝していたとエリシアが言っていたよ」



 ふーん、あのメイドさんエリシアっていうのか。

 やっぱり心を許してる昔の仲間に対しては少し表情が柔らかくなるよね。



「そんな事言ってアイルに近付くために利用しようとここに来たんだったりしてな」



 ホセが意地悪くニヤリと笑ったが、エドは怒るでも無く先程と違ってヒヤリとするような薄い笑みを浮かべた。



「その場合は昔馴染みだろうが容赦するつもりはないよ。今の私にはアイルの方が大切だからね」



 真向からそういう事を言われると何て返したらいいのかわからないのでやめていただきたい。

 戸惑っていたらサロンのドアがバーンと勢いよく開いた。



「アイル~! やっと戻って来たんだね! 待ってたんだよ~!」



 この時程ガブリエルの空気を読まない行動に感謝した事は無い。



◇◇◇


なんと!!

★レビューが4000を超え、フォロワーさんも1万2千人を超えました!

皆様ありがとうございます!!


こんな数字を己の作品で見れる日か来ようとは。

‹‹\(´ω` )/››‹‹\( ´)/››‹‹\( ´ω`)/››喜びの舞

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る