第490話 カリスト大司教の巡礼計画
通信を切った後、カリスト大司教は外套を羽織り、疲れた身体にムチ打って部屋を出た。
行き先は聖騎士達の宿舎だ。
普段は共に旅をした三人がカリスト大司教の部屋に来て会話を楽しむ事はあるが、カリスト大司教が聖騎士の宿舎に向かう事は滅多にない。
お忍び用の黒の外套を着て
就寝時間には早いが、仕事が残っていない者は大抵部屋で寛いで就寝の準備をしているだろう。
聖騎士用の宿舎は、聖職者の住む本殿の奥から孤児院の建物を挟んだ向こう側だ。
渡り廊下で繋がっているが、カリスト大司教はあえて庭部分を通って人目を避けた。
宿舎に到着すると外套を脱ぎ、あたかも仕事の一環で来ているかのように振る舞い奥へと入って行く。
途中で二人程聖騎士見習いとすれ違ったが、「ご苦労様」と労いの言葉をかけて通り過ぎた。
そして到着したのは共に旅をした三人の内、年長者のアルフレドの部屋の前である。
カリスト大司教は廊下に人がいない事をサッと確認すると、アルフレドの部屋のドアを小さな音でノックした。
普段から無意識に周囲を警戒しているアルフレドは、小さな音や違和感にもすぐに気付く。
カリスト大司教はそれを知っているからこそ、周りに気付かれない程度のノックにしたのだ。
普段アルフレドを訪ねて来る者は大きな音でノックする為、アルフレドは来客が誰か予測できた。
そして静かにドアを開けると、予想通りの人物がいて微笑んだ。
「カリスト大司教様、とりあえず中へどうぞ。何やら相談事ですか?」
「ふふ、話が早いですね。私が聖騎士団長ではなく、アルフレドを訪ねて来たという事は……わかるでしょう?」
シンプルではあるが、座面にクッションの付いた丸椅子に腰を下ろすカリスト大司教。
アルフレドがさっきまで飲んでいたとホットワインを、新しいカップに入れて差し出すとカリスト大司教は口を付けた。
「わざわざ私の部屋まで来たという事は、アイル様に関してですよね? 何かあったのですか?」
「はぁ……、夜はまだ冷えますから温かな飲み物は嬉しいですね」
「カリスト大司教様……」
焦らすカリスト大司教に対してジトリとした目を向けるアルフレド。
「ふふっ、冗談です。先程タリファスのイスマエル司祭から連絡があったのですが、アイル様が公爵令嬢の結婚証明書に署名したそうです。その時にアイル様が自ら『女神の化身』だとおっしゃったとか」
「女神の化身ですかッ!?」
アルフレドは驚きのあまり立ち上がり、座っていた椅子を倒してしまった。
「シー! 声が大きいですよ、誰かに聞かれたらどうするんですか」
「あっ! も、申し訳ありません……」
アルフレド程の聖騎士の部屋ともなれば、しっかりとした造りで多少の話し声程度ならば部屋から漏れたりはしないが、大きな声は廊下に聞こえてしまう。
アルフレドは恥ずかしそうに倒してしまった椅子を起こして座り直した。
「とは言ってもその後にご本人が言い間違えたのだと否定されたらしいのです。しかしうっかり口を滑らせたようにしか見えなかったという事で私個人に連絡をくれたという訳なのです」
「なるほど……。では事実を確かめる必要がある、という事ですね?」
話を聞いて、神妙な顔で頷いてからニヤリと笑ったアルフレド。
カリスト大司教も我が意を得たりと言わんばかりに、満足そうに頷いた。
「そうですね……、巡礼の申請をして最短で出発できるとしたら三日後でしょう。オラシオとエクトルを置いて行ったら追いかけて来そうですし、アルフレドから準備しておくように伝えて下さいね」
「わかりました」
「では私は部屋に戻ります。ホットワインをご馳走様、おやすみなさい」
「……今なら大丈夫です。外は暗いのでお気をつけて戻られますよう、おやすみなさいませ」
部屋の外の気配を探って人をいない事を確認したアルフレドは、ドアを開けると声を
自分が部屋まで送ると聖騎士達の目を引いてしまうので敢えて部屋には送らない、カリスト大司教もそれがわかっているので笑顔で頷いて自室へと戻って行った。
そして三日後、いきなり巡礼に出ると言い出したカリスト大司教を教皇は
実際ウリエルの報告書を手伝ったカリスト大司教は、その事を確認する必要があると判断したので理由のひとつとして使ったのだが。
提出された書類に不備は無く、理由も正当となると教皇としても反対する理由は無い。
ただ、カリスト大司教が妙に出発を急いでいる事と、周囲も気付く程機嫌が良いという点が気にかかったのだ。
しかしアイルに関してどこからも新たな報告は無いし、カリスト大司教とアイルが個人的に連絡を取る通信魔導具も無いので怪しいと思いながらも許可を出したのだ。
そして許可が出てすぐに飛び出すように教会本部を出発したカリスト大司教と聖騎士の三人を見た教皇は、証拠は無いものの確信をした。
「やはりアイル様関連というのが濃厚ですね、準備はできていますか?」
『はい、申請を受け取った二日前から準備させております。あの四人の誰も顔を知らない人選をしておきました、今頃追い付いているでしょう』
どこからともなく聞こえる声、教皇直属の諜報部隊長である。
カリスト大司教程の幹部ともなれば、もちろん存在も知っているし、会った者も複数いるので部隊長が直々に厳選した者が追いかける手筈を整えていた。
「全く……、アイル様の事となると暴走する可能性がありますから目が離せませんね。それでは連絡が来たら報告をお願いします」
『御意』
返事と共に部隊長の気配が消えた。
窓からカリスト大司教達が向かった方向を見る教皇の表情は、どこか楽しげであった。
◇◇◇
今後カリスト大司教達の行動は箸休めの如く挟まる予定です。
カリスト大司教の巡礼記、ミニシリーズ化w
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