第486話 朝食の時間

「アイル、もう朝だぞ。リカルドが宿でやきもきして待っているのではないか?」



 優しく揺すられて目を開けると、服を着たおじいちゃんが視界に入った。

 リカルドと二人旅になってからは寝袋を使っていたので、誰かの温もりを感じながら眠るのは久々なせいか爆睡していたようだ。



「おはよう、おじいちゃん。もうそんな時間なんだね、ルシア達も来ちゃうからこのまま戻ろうかな」



「おはよう。そうだな、ビビアナ達には私から言っておこう。あの三人娘は今は孤児院を出てバレリオの買った店に住み込みで働いているが、交代で毎日食事の世話をしに来てくれているぞ」



「そっかぁ、それなら報酬以外にもご褒美が必要かもね。あっ、そうだ! バレリオのお店で働く時のお揃いの制服なんていいかも!」



 我ながら名案を思い付いて、両手をパチンと合わせた。



「制服か……、確かにあの年頃の娘が揃いの服を着ていたら見栄えがよさそうだな」



「でしょ!?」



「それより時間はいいのか?」



 おじいちゃんが部屋に置いてある時計をチラリと見た。

 時計の針は既に七時半を回っている。大体八時過ぎには朝食の時間が終わってしまうので、そろそろ戻らないとせっかく代金を支払ってある宿屋の朝ごはんを食べ損ねてしまう。



「よくないからもどるね、あとはタリファスから帰るだけだから十日以内に帰れると思う。それまで待っててね」



 最後におじいちゃんにムギュウと抱きつくと、おじいちゃんも額にキスをしてくれた。

 パッと離れると、手を振りながら呪文を唱える。



「じゃあね。『転移メタスタシス』」



 次の瞬間には防具をテーブルに置いてソファに座っているリカルドと目が合った。



「おかえり。ゆっくりできたようだな、昨夜に比べて顔色が良くなってるぞ」



「た、ただいま……。リカルドもゆっくり寝られたみたいだね」



 笑顔で手を振っている状態で目が合ったので、少々気まずくて上げられた手で頭を掻いた。



「こんな広いベッドを独り占めできたお陰かな、ぐっすり眠れたよ。アイルの寝言で起こされる事も無かったしな、ククッ」



「えっ!? 私って寝言なんて言ってるの!?」



「……さぁな、早く食事しないと時間がなくなるぞ」



 リカルドは立ち上がると、笑いながら私の頭をポンポンと軽く叩いて部屋を出た。



「どんな寝言なの!? 変な事言ってないよね!?」



「ははは、大体食べ物に関連した事が多いだけで変な事って程では無いさ。それにこっちも寝ている時が多いからハッキリ聞き取れる事は少ないしな」



 そんな話をしながら食堂へと向かうと、遅い時間なせいか人はまばらだった。

 朝食のメニューは固定らしく、空いた席に座るとすぐに料理が運ばれて来た。



「今朝はゆっくりなんですね、他の冒険者はもうとっくに出て行きましたよ? お二人とも肌艶がいいみたいですし…………遅くなっても仕方ないですよねぇ、うふふ」



 なにやら含みのある言い方をしてテーブルに料理を並べて立ち去るお姉さん。

 私はそんな言葉より、テーブルに置かれたパン籠にある大きなプレッツェルに気を取られていた。



「大きいねぇ! リカルドの顔より大きいけど、二つとも食べ切れるかな!? あっ、この白いソーセージ前に食べて美味しかったやつだ、嬉しいなぁ」



 マッシュポテトなどはシンプルな味付けなので、スライスされたサラミに乗せて食べるとちょうどいい。

 ちょっといい宿屋なだけあって、朝食もちょっと豪華なようだ。



「アイル……。まぁ本人が気にして無いならいいのか……?」



「リカルド、食べないの?」



「食べるさ。このプレッツェルの大きさだと、アイルは食べ切れないだろう? ひとつはストレージに入れて持ち帰った方がいいんじゃないか? どうせ味見程度に食べれば満足なんだろう? 俺は他のパンも食べるし、コレも丸ごと食べるのはさすがにキツい」



「そうだね! 残して捨てられちゃったらもったいないし、お持ち帰りしよう」



 二つ重ねてあったプレッツェルのひとつをさりげなくストレージに回収し、スライスされた茶色いパンを手に取った。

 硬いのでスープに浸けて食べないと顎が疲れるが、リカルドは平気な顔で普通に食べている。



「次にパルテナに向かう船は明日出港予定だから、今日はのんびりできるぞ。なんなら公爵領都この町を観光してから出発しても問題無いが……どうする?」



「いやぁ……。もしも教会関係者に会ったら面倒な事になりそうだし、とりあえず早く出たいかな。それよりリカルドはこのまま実家に帰るっていう選択肢があると思うんだけど」



 料理と共に出されたコーヒーにストレージから出した牛乳を追加すると、リカルドも自分のカップを差し出したので入れてあげた。



「ありがとう。言っておくがアイルを一人にするというのは俺の選択肢には無いぞ」



「リカルド……」



 私が一人ぼっちで寂しくないように気遣ってくれるなんて、やっぱりリカルドは頼れるリーダーだよ。



「一人になったアイルが何か仕出かしてないかと心配し続けるくらいなら、一緒にいた方が断然いいからな。それにビビアナの産後はたっぷり休みがあると決まっているんだから慌てる必要は無いさ」



「………………」



「? どうした、面白い顔をして。そんな風に頬を膨らませてたら食べられないだろう? ほら、プレッツェルを味見するんじゃないのか? 塩がかかってるところの方がいいだろう?」



 リカルドがプレッツェルを割ると、パキッと音がして外側がカリカリなのがわかった。

 問題児扱いに頬を膨らませて怒っている事をアピールしたが、美味しそうなプレッツェルを差し出されては口を開けるしかない。

 切れ目が入っている太い部分には塩がかかっていて、バターを塗って食べると絶妙な塩気で中はもちもちしていてとても美味しかった。



「とりあえず公爵領都を出る前にパン屋さんだけ寄って行く」



「ククッ、そうだな」



 私が怒っているのに気付いてないフリしてさり気なくなだめるなんて、悔しいがやはりリーダーとしてリカルドは頼もしい。

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