第487話 鮫の顎亭
食事が済んだ私達はすぐに宿屋を出てパン屋に向かった。
朝食の時間は過ぎているので混雑しているパン屋は無いが、追加の陳列で忙しそうな店を狙って買う事にした。きっと美味しい店だから。
リカルドには馬と店の前で待っていてもらい、住人の迷惑にならないように店に並んでいたパンの半分くらいを買い占めて公爵領都を出発した。
急がなくてもいいので多めに休憩をしつつ港町へと向かっている。
「今夜の宿は前にクラウディオ様達と泊まったところにするか? それとももう少し安いところに泊まるか?」
「う~ん、前に泊まったところは値段の割に食事がイマイチだったんだよね。探せばもっといい宿屋があると思うの、どうせなら冒険者ギルドにも顔出して聞いてみない?」
「そうだな、ついでに
「へぇ、ちゃんと連絡してたんだね」
「そりゃあ……、一応依頼の途中で抜ける事になるんだから報告くらいしないとまずいだろう?」
今後の予定や他愛ない話をしながらお昼休憩を挟み、港町に到着したのは夕方と言うにはまだ早い時間帯だった。
街中のルールとして騎乗できるのは緊急事態か騎士だけなので手綱を引いて徒歩で宿屋を探す。
「なんか人が多いね、明日の船に乗る人が多いのかな?」
「明日はパルテナだけでなく他の国に向かう船も出るからだろう。アイル、間違って乗り込む……なんて事してくれるなよ?」
「や、やだなぁ。そんなベタな間違いする訳ないよ~!」
「…………」
信用していないリカルドの視線が痛い。
「明日はリカルドから離れません!」
「よし」
ビシッと敬礼して宣言すると、やっとリカルドが納得して頷いた。
その後、食料を買い足しながら色んなお店の人に料理が美味しくて馬が預けられる宿屋の情報を聞いて回り、冒険者ギルドにも立ち寄った。
「一番名前が多く上がったのは鮫の
「その亭主の恐い顔のお陰で穴場になってるみたいだしな。今夜はベッドが二つある部屋に泊まれるだろうさ。こっちだったか……」
「うん、前に泊まった宿屋の二本向こうの通りだって」
石畳で舗装された道路にカポカポと
時々荷車や馬車とすれ違いながら鮫の顎亭に到着した。
色々歩き回って夕方になったので、宿屋の食堂からはいい匂いが漂ってきている。
鮫の顎亭の前で私が馬を預かり、リカルドに手続きをしてもらおうと思ったら厩舎の方から馬丁が走って来て預かってくれた。
中に入ると恰幅のいい女将さん対応してくれたが、噂の
「それじゃあ部屋で少し休憩してから食事にするか」
「ふふっ、食堂に恐い顔の亭主がいるのかな」
「こら」
ヒソヒソと女将さんに聞こえないように言ったが、リカルドに
しかし、私の中の強面ランキングの順位が塗り替えられるかもしれないのでちょっと楽しみなのだ。
客室で防具を外して楽な服に着替え、お茶を飲んでひと息
食堂の隅の空いている席に着くと、厨房の方の視線を向けた。
そこには噂に
確かな強面だ、ぶっちゃけどう見ても荒くれ者にしか見えないサウロより強面と言っていいだろう、しかし……小さい。
なんと亭主はドワーフだったのだ。
ドワーフなだけあってブラス親方みたいに筋肉隆々で厳ついのだが、身長に親近感を覚えてしまう。
もしかしてタリファスでは獣人だけじゃなく、ドワーフやエルフみたいな亜人も差別の対象なんだろうか。
だったら食事が美味しいと評判の割に客が少ないのも納得がいく、亭主が強面だからというのは建前なのだろう。
周りのテーブルを見ると、示し合わせたようにシチューを食べている。
もしかして看板メニューなのだろうか。
「ねぇ、リカルド、皆シチュー食べてるから私達も頼もうか。すごく美味しそうだし」
「そうだな、さっき雪がチラついていたから身体が温まる物がいいだろう」
私達はシチューとパン、サラダとチキンソテーを注文して周りの会話に耳を傾けた。
食事時の情報収集は大事だから、ほとんど癖のようになっている。
そして聞こえてきた不穏な会話。
「また第三王子が王宮を飛び出してフラフラしてるらしいぞ」
「あ~、あの方は能力だけは高いんだけどなぁ。あの婚約が白紙に戻ってなきゃ王太子の座に一番近かったんだろ? もったいねぇなぁ」
「いくら能力が高くても、あれじゃあ王様も愛想尽かすんじゃないか?」
話を聞いてリカルドを見ると、眉間に皺を寄せていた。
「どうしたの? リカルドは第三王子って見た事ある?」
「いや、見た事は無いが噂は知っている。
「噂って? 凄く背の高い女性が好きとか?」
「ククッ、いや……あっ」
リカルドが声を上げた瞬間、誰かが座っている私の肩にぶつかった。
「おっと失礼」
かけられた声に反射的に顔を上げると、凄く美形な男性がいた。
周りが美形のインフレ起こしてる私ですら一瞬見惚れてしまう程の麗しさで、エルフだと言われても納得しそうだ。
そんな男性と数秒見つめ合い、先に動いたのは男性の方だった。
「美しい……」
そう言うと、男性は私の手を包み込むように両手でギュッと握って
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