第484話 公爵領都の宿屋にて

「二人部屋はちょうど一室だけごさいます。お食事はどうされますか?」



「夕食は好きな物を頼むから、朝食だけ付けてくれ」



「かしこまりました。ではこちらに記帳をお願い致します」



 いい匂いに釣られたちょっといい宿屋、どうやら人気なようで二人部屋は最後の一室だったらしい。

 有名になってしまった今は、大部屋で知らない人達と一緒だと凄く見られるだろうから空いててよかった。



「アイル、先に部屋を見るか? それとも食堂が先か?」



「食堂!」



「だな!」



 鍵を受け取ったリカルドの質問に即答すると、リカルドも同意見だったらしく、笑顔で賑やかな食堂へ向かった。

 客層はBランク以上の冒険者や商人、あとは裕福な観光客といったところか。平民のフリした貴族なんかも混じっていそうだけど。



「予定外の事があったから遅くなっちゃったね、お腹空いた~!」



 空席に腰を下ろすと、テーブルに置かれたメニューを見ながらお腹をさする。



「でもまぁ、アイルのお陰で丸く収まったからよかったじゃないか。……自分から女神の化身って言った時にはどうなるかと思ったけどな(ポソ)」



「ア、ハイ。モウシワケナイデス。何卒なにとぞ、何卒エリアス達には内密に……!!」



 テーブルに両手と額をつけて頼み込む。こんな自滅行為を知られたら、事あるごとに言われるに決まってるもん。



「わかったわかった、俺の口からは言わないでおくさ。その内噂が広まってたら知らないけどな。あの教会の二人の目……、カリスト大司教達と同じになってたと思うのは俺だけか?」



「うぐぅ」



 忘れたかった事を言われ、思わず呻き声が漏れる。



「あ、注文いいか? コレとコレ、あとコレと……コレを二人前ずつ、飲み物はビール二杯」



 リカルドは通りかかったウエイトレスを捕まえて注文した、私は最後に注文されたビールの言葉に顔を上げる。



「いいの?」



「一杯だけならいいさ。今日は色々頑張ったからご褒美って事で。だけど一杯だけだからな?」



「うん! ありがとうリカルド、大好き!」



 こういう心遣いってさすがだと思うんだよねぇ、先に運ばれてきた木製のジョッキに手をかざしておもむろに呪文を唱える。



「『凍結フローズン(極弱)』……よし。かんぱ~い!」



 凍る直前というキンキンに冷えたビールの出来上がりだ。



「はは、乾杯。んぐ、んぐ……くはぁっ。やっぱり冷えたビールは格別だな! 冬でもビールは冷たい方が好きだが、アイルがいないと貴族用の宿でもない限り冷えたビールは飲めないから助かるな」



 私が掲げたジョッキにコツンと自分のジョッキを当ててからあおり、満足そうに語った。

 そういえば私がお酒を飲むようになる前は、皆温いエールばかり飲んでたもんね。

 リカルドは泡髭あわひげが付いてる事に気付かないまま、注文した料理が来るのをキョロキョロしながら待っている。



「ぷぷっ、ダメだ、もう我慢できない。リカルド、泡髭付いてるよ」



 いつもしっかりしてるリカルドの間抜けな姿に、笑いを堪え切れず吹き出した。

 私は教える為に自分の口の上をチョイチョイと指で触れた、すると指にシュワッとした感触。



「ククッ」



 同時に笑うリカルド。

 どうやら私にも泡髭が付いていたのに、リカルドはわざと教えてくれなかったようだ。



「もうっ! 笑ってるけどリカルドにだって付いてるんだからね!?」



「ははは、ほら、料理が来たから機嫌直せ」



 リカルドは笑いながら手の甲で自分の口元に付いている泡を拭うと、運ばれて来た料理に視線を向ける。

 もしかしてこのちょっと意地悪なリカルドが本来のリカルドなんだろうか、普段はリーダーとして無意識に自制しているのかもしれない。

 そうだとしたら中身は私の方がお姉さんなんだから大らかに受け止めてあげないと。



「すぐに次の料理を持って来ますね」



 ウエイトレスのお姉さんが両手と両腕を使って一気に四皿運ばれて来た、タリファス出身なだけあってリカルドのチョイスは間違いなく美味しそうだ。



「これこれ! タリファスに来たらこのソーセージは外せないよね!」



 大きなソーセージにナイフを入れると、皮がプツッと爆ぜるような音を立てて切れた。

 ふぅふぅと吹き冷まし、パクリと口に入れて噛み締めると肉汁が口いっぱいに広がる。



「んん~、美味し~い!」



「うん、久しぶりに食べると余計に美味く感じるな」



 リカルドも同じソーセージを頬張りながら嬉しそうだ。

 私は口の中にソーセージの味が残っている内にビールのジョッキを傾ける。



「くぅ~!! この一杯の為に生きてるぅ~!!」



 タァン!と勢いよくジョッキをテーブルに置いたと同時に周りから声が上がった。



「いい飲みっぷりだな嬢ちゃん!」



「わかってるねぇ!!」



「あの嬢ちゃんに俺から一杯おごるぜ!」



「え? 黒髪って……もしかして賢者様じゃないのか!?(ヒソヒソ)」



 テーブルにはすぐに二杯目が届けられ、リカルドからはジトリとした視線を向けられている……が。



「せっかくの厚意を無駄にしちゃあダメだよね? リカルドももう一杯くらい大丈夫だって! ね?」



 ちょっと意地悪なリカルドを大らかに受け止めるから、リカルドもここはひとつ大らかに受け止めて欲しい。

 ため息は吐いたけど、リカルドもおかわりを注文したので、心置きなく二杯目を味わった。



 楽しい食事が終わり、客室のドアを開けた私達は固まった。



「なんで……ダブルベッド?」



 私の呟きに、固まったままのリカルドから反応は無かった。



◇◇◇


どうも、子供にうつされたコロナで喉がやられてデスボイス化している作者です。

悪の呪文を録音したら、ボイスチェンジャー使ってるみたいでした。(いい歳した大人がやる遊びじゃない)

薄荷はっか油をマスクに垂らして咳を鎮めるのに成功したが、口の周りもスースーヒリヒリするので量の調整が課題。


とりあえず家族は全滅してませんが、感染防止に使い捨ての食器を使うのでゴミの量が凄い事に……!

皆様もお気をつけ下さい。。゚(つД`)゚。

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