第483話 再会の約束

「あっ、ちがっ、違う! 今のは盛った、女神の……使徒! そう、使徒です!!」



 リカルドは片手で顔を覆い、他の人は目を見開いて固まっている。



「アイル、盛った……とは? アイルは女神様の化身ではないの?」



 フェリスが戸惑いながら聞いてきた。そういえば盛ったという言い回しは前の賢者の時代には無かったね。

 よし、ここはつい言っちゃった事にして、しっかり言い訳をしておこう。



「盛ったというのは実際よりも凄く見せたり、大げさに言ったりする事だよ。フェリスが無事に結婚できて感極まって大げさな言い方しちゃったの。私はただの使徒だからお使いを頼まれただけの人! 絶対女神様の化身では無いので皆さんお間違えなく!! 決して外でうっかり言ったりしないで下さいね、見栄を張ったと思われたら恥ずかしいですからね!」



 サロンの中にいる全員に念を押すように言ったが、リカルドは首を振りながらため息を吐いていた。

 クルス司教とイスマエル司祭の目がカリスト大司教が私を見る時と同じだなんて気のせいだよね。



「それじゃあ仲間達の元へ帰るから、部屋を借りて着替えたらすぐに出るね。そこのあなた、案内してもらっていいかな?」



「は、はいっ」



 結婚証明書はクルス司教が回収してくれるだろうから、私は近くの椅子に座っていた侍女の一人に声を掛けて案内を頼んだ。

 リカルドに目配せしたら立ち上がったので、安心して侍女について行く。



 サロンを出ると近くの一室に案内された。

 恐らくお茶会などで何かあった時に休憩したり、身なりを整える為の部屋だろう。



「じゃあ俺は部屋の前で待ってるからな」



「うん、すぐに着替えるね。案内ありがとう、一人で大丈夫だから戻っていいよ」



「はい、では失礼致します」



 案内してくれた侍女にお礼を言って部屋に入る。

 自分で着たのではなく、着せてもらったドレスだったせいで少々苦戦したが、なんとか一人で脱ぐ事ができた。

 途中本気でリカルドに「後ろのボタン外して」ってお願いしようか迷ったが、万が一公爵家ここの人に目撃されたら変な噂流れそうだもんね。



 脱ぐのに思ったより時間がかかってしまったので、急いで服を着て防具も装備した。

 室内にあった姿見でチェックして……よし、大丈夫。

 そしてドアを開けると、そこには苦笑いのリカルドと、満面の笑みのクルス司教とイスマエル司祭の姿が。



 そうか、リカルドがドアの前にいたから私がここにいるのもわかっちゃったんだね。

 クルス司教の手には、先程私とフェリス達が署名した結婚証明書が。

 えーと、これは人質的な意味合いなんだろうか、少々警戒しつつ部屋を出た。



「賢者アイル様、先程はお疲れ様でした。私はこの領都で司教をしておりますクルスと、こちらは司祭のイスマエルと申します。こちらの結婚証明書は私が責任を持ってお預かりしますのでご安心下さい」



 この瞬間、私は悟った。二人はさっきの言い訳を信じていないと。

 カリスト大司教と同じキラキラした眼差し、絶対女神の化身だと思ってるよね!?



「あ、はい。よろしくお願いします」



「何かお困り事がございましたら、いつでもおっしゃって下さい。私にできる事でしたらお力になりますので! もちろん女神様の化身だという事も秘匿ひとく致しますのでご安心下さい」



「あはは……、ありがとうございます。私よりもフェリスが困っていたらぜひ力になってやって下さい」



 ダメだ、きっと何を言っても女神の化身だという認識は彼らの中ではくつがえらないやつだ。

 こうなったら信仰心を利用して黙っていてもらった方が賢明というものだろう。



「おお、なんとお優しい……! お話に聞いた通りの方ですね。ぜひとも我々の教会に寄っていただきたいところですが、お急ぎのようですし、またの機会にという事で。道中お気をつけて、女神様のご加護があらん事を」



 クルス司教はそう言うと、イスマエル司祭と共に頭を下げた。



「ありがとうございます、あなた方にも女神様のご加護がありますように。それでは失礼します」



 適当に調子を合わせてその場を離れた。背中に熱い視線を感じるとか気のせいに違いない。

 サロンは来客を迎える事が多いため、玄関から近いのですんなりと外に出られた。

 玄関の前にはフェリスを始め、公爵家とレオカディオの家族も待機していたけど。



「アイル! 泊まっていって欲しいけれど急ぐのよね? だけどまた必ず会いに来てね、この子が産まれたら見に来てちょうだい」



 お腹を撫でながらそう言うフェリスは、既に母親の顔をしていた。

 泊まっていくと色々面倒が増えそうなので、用事が済んだらすぐに公爵家を出る事は事前にリカルドと相談済みなのだ。



「う~ん、ビビアナがもうすぐ臨月だから早く帰らないと。ある程度大きくなってからじゃないと離れられないからいつになるかわからないけど、いつかは会いに来るよ」



「ククッ、育児休暇だったか? 冒険者を休んでビビアナと子育てするんだもんな?」



 リカルドが堪え切れないように笑って茶々を入れた。

 私が宣言した時を思い出しているのか、顔を背けて肩を震わせるリカルドをジロリとひと睨みしてフェリスに向き直る。



「フェリスは無理はせずに元気な赤ちゃん産んでね! 出産予定日の四週間前になったら毎日一時間くらい歩くといいよ」



「うふふ、それも賢者の叡智かしら? そうするわ。だから必ず会いに来てくれなきゃ嫌よ?」



「うん、約束するよ。無事に産まれたらまたロレンソを通して連絡してね。それじゃあ元気で!」



 遠回しに公爵家としての連絡を拒否してみた。公爵の顔がピクッとしたけど知らないもんね。

 公爵家のデキる使用人は、ちゃんと私達の馬を手入れして準備してくれていた。



 馬に跨り(正確にはリカルドに抱き上げてもらって跨った)公爵家を出た。

 町は魔導具の灯りで明るいが、既に空はいくつか星が瞬いている。

 食事を要求するお腹に従い、その日は結局公爵領都の宿屋で一泊する事にした。



◇◇◇


キリンさんからおすすめレビューを頂きました、ありがとうございます(*´∇`*)


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