第443話 平和な夕食

「でね、これが朧樹おぼろじゅの実なの、食べてみて!」



「ふふ、エルフの里でしか食べられない物がウルスカで食べられるなんて贅沢ぜいたくね、あむ…溶けたわ」



 セシリオと私でビビアナを挟む様に座り、エルフの里で採取したお土産の朧樹を夕食のデザートとしてビビアナに差し出すと、その不思議な食感に目を瞬かせた。



「面白いでしょ!?」



「アイル! あたしも食べたい!」



 ホセとエリアスの席が空いているので、今日はルシア達も一緒に食べている。



「はいはい、数が少ないから二つずつね。孤児院には持って行けないから他の子には内緒だよ」



「わかってるって! んん、うわ、本当に溶けた! 優しい甘さで凄く爽やかな後味だわ、こっちでも育てられたら良いのになぁ」



 エリシアは食レポしながら食べる癖がある様だ、実際今もルシアとベリンダは「おいしい」しか言わないし。



「あ~…、エルフの里みたいに特別な環境じゃないと育たないみたい。こんなに簡単に口の中で溶けちゃうのに栄養がたっぷりなんだよ、だからビビアナには絶対食べさせたかったんだ」



 正確には世界樹の近くじゃないと育たないらしい、採取しに行った時に改めて鑑定してわかった事だ。

 そして無花果いちじく並に女性に嬉しい栄養があったので残りは少しずつビビアナに食べさせないと。



 だけど離乳食にも使えるから残しておくべきか…、いやいや、その前に健康に産まれて来てもらう為にはやっぱりビビアナに食べさせるのが一番だよね。



「ありがとうアイル」



「えへへへ」



 むぎゅうと抱き締められて自然と笑みが溢れる、ホセが居たら確実に呆れた目を向けられた事だろう。

 セシリオは私達が居ない間にタップリイチャついたのだろう、嫉妬の欠片も見せずに微笑ましいモノをみる目を向けている。



「あっ」



 急にビビアナの身体がピクリと動いた。



「どうしたの?」



「うふふ、今赤ちゃんが動いたの。外から触ってもあまりわからないけど、時々お腹の中で動いてるのは感じるのよ。特にお風呂に浸かってる時や眠ろうとするとよく動いてるわ」



「そっかぁ、ビビアナがリラックスしてる時は赤ちゃんも気分が良いんだね。私達が王都から戻って来る頃には耳も聞こえてるからいっぱい話しかけないと、うふふふ」



「ははは、ビビアナが産むのかアイルが産むのかわからないくらいだな」



「本当だよ、アイルがお乳を飲ませていても不思議じゃないくらいだね」



 まだ産まれてもいない赤ちゃんに対するデレデレぶりにおじいちゃんとエンリケが笑う。



「さすがに私から母乳は出ないよ~、夫から母乳が出たって話は聞いた事あるけど」



「「「「「えっ!?」」」」」



 孤児院の少女達は内容が飲み込め無かったのかキョトンとしていたが、大人組は全員驚きの声を上げた。

 そして視線が集中して居心地悪そうにするセシリオ。



「まぁもちろん凄く珍しい事ではあるけどね」



 私が肩を竦めつつ言うと、セシリオはあからさまにホッとしていた。

 男らしさの象徴みたいな騎士という職業なのに母乳が出た、なんて事になったらやはりショックなのだろう。



 子供の居た友達は赤ちゃんがお腹を空かせて泣くと、勝手に母乳が溢れて出して服がびしゃびしゃになる事があると言っていた。

 もしセシリオが鎧着てる時に我が子のお腹を空かした泣き声を聞いて母乳(父乳?)が溢れ出したら大変な事に…ぷぷっ。



「また妙な事を考えているだろう」



 リカルドが頬を引き攣らせた、妙な事じゃなくて面白い事だもん。



「そんな事無いよ、そんな事より今日は私も一緒に教会へ行ってくるね、もしかしたらおじいちゃん宛に連絡来るかもしれない事とか知らせるついでにお土産置いてこなきゃ」



「わぁっ! 今回のお土産は何!?」



 お土産という言葉にルシアが喰いつく。



「ふふふ、朧樹の実みたいに貴重じゃないけど、この辺りだと珍しい梨だよ。エルフの里じゃあ食べ飽きてるから好きなだけ採って良いって言われたからいっぱいあるんだ」



「本当!? 梨って食べた事無いから食べてみたかったんだ!」



 梨と聞いてベリンダの目が輝いた、ウルスカ周辺には梨農家が無いので森でわずかに自生している分を冒険者が採取した時にいくつかお店に並ぶ事もある、という程度。

 食べ頃まで待っていたら魔物や他の冒険者に取られるのでこの辺りで手に入る物はあまり甘く無いらしい。



 だがしかし! 私が採ってきた梨は近付いただけで甘い香りを放っているのがわかるという正に食べ頃!!

 トレラーガから向こうには数カ所梨農園もあるのを見たから珍しくないだろうけど、ウルスカでの価値はかなり高い。



 向こうに比べて少し田舎のこっちでは、やはり売れるかどうかわからない果物よりも普段から使う野菜の農家がどうしても多くなるからね。

 マザーはお金を出して買うお土産は申し訳なさそうにするので、こういった元手の掛かっていないお土産の方がこころよく受け取ってくれるのだ。



 食後、三人と教会へ向かいながら王都へ行く事になるから料理の作り溜めをする事とビビアナ達と家のお世話の話をした。

 作り溜めと聞いて先日の大変さを思い出したのか、顔色を変えていたが割り増し料金のひと言で復活してくれた。



 教会に到着すると孤児院は夕食の前で、メルチョル司教に報告をして二十個の梨を出す。

 出した瞬間子供達は私そっちのけで梨の匂いを嗅いでいたので、「冷やして食べると美味しいよ」と冷やさず夕食の後食べるか、冷やして翌日食べるかという究極の選択をプレンゼントして家路についた。

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