第400話 【閑話】その頃日本では

「愛留が居ないとイマイチ盛り上がりに欠けるわねぇ…」



「あの子が居たら観察してるだけで笑えたもんね、高校まで友達居なかったなんて嘘だと思ってたよ」



「まさか本当だったなんて…」



「その原因に殺されたなんてシャレにならないよね」



 ここはアイルの実家近くの居酒屋、お盆休みにいつもつるんでいた友達が4人泊まりがけで墓参りに来ていた。

 お酒が進むにつれてアイルの想い出話に花が咲いて止まらなくなっていく。



「なぁ、隣の席で話してるのって森川の事じゃないか?」



「え? 森川って愛留の事?」



 アイルの大学時代の友達が盛り上がっている隣の席ではアイルが就職していた会社の同僚達が飲み会をしていた。

 確認しようと聞き耳を立てて話の内容を聞くとその場に居た3人全員が確信を持った。



「覚えてる? 私を最初にママって言い出したのは愛留なのよね、いくら私が借りてたマンションがカウンターキッチンだったからって…」



「違うわよ、愛留にお酒の味を覚えさせたり、お酒は3杯までって注意したり、カクテル作ったりしてからでしょ」



「だって、それは4杯以上飲むと愛留がめちゃくちゃする上に朝になったら何も覚えて無いって言うからじゃない!」



「めちゃくちゃ…確かにめちゃくちゃしてたよね~。ほら、ゼミの飲み会で私があの気持ち悪い先輩に絡まれてた時にさぁ…ぷくくっ」



「あ~、鼻フック事件ね! アレは傑作だったわ」



「あの決めゼリフが忘れられないわ~、ほら…」



「「「「またちゅまらぬモノをひっかけてしまった!」」」」



 同時に同じセリフを言って4人が大爆笑した。

 そして衝立ついたてを挟んだ席でも会社の同僚だった3人も吹き出した。



「ふぐぅっ、絶対森川の話だろ!」



「あははは、間違いないよね、呂律が回ってない物言いとかそのままだし」



「私は先輩達が止めたから酔っ払ってる姿は2回しか見た事ないですけど、かなり暴走してましたからねぇ」



「ねぇ、お隣に声かけちゃおっか」



「「賛成!」」



 アイルと1番仲の良かった同期の提案に、一緒に飲んでいたもう1人の同期と後輩が頷いた。

 そしてすいっと衝立をズラして声を掛ける。



「ねぇ、あなた達森川愛留の友達? 私達は会社の同僚だったの、一緒に飲まない?」



「「「「えっ!?」」」」



 10分後にはテーブルを合体させ、すっかり意気投合した7人が居た。



「そうそう、呂律が回らなくなったらもう覚えて無いのよね~!」



「私も聞いた事ありますよ! 係長のハゲ頭をペチペチ叩きながら『しょんなしぇくはらじょーしはしゃいばんれしゅかね~?(そんなセクハラ上司は裁判ですかね?)』って愛留先輩が言って助けて貰ったんですよ。あの時太腿撫でられて泣きそうだったんですけど、酔った愛留先輩の声が大きくて部長にまで聞こえたらしく、係長が睨まれて顔面蒼白になったからスッとしたんです、やっぱり次の日になったら本人は覚えてませんでしたけど、あははっ」



「「「「やりそう!!」」」」



 大学の同級生達は腹を抱えて笑い転げた、アイルが居たら「やめてーッ!!」と叫ぶ事間違い無しの暴露大会となっている。



「俺なんか酔った森川を背負うたびに『はいよーしるばー!』って背中で叫ばれてたぜ? 覚えて無いクセに毎回言うって何なんだよ、注目集めるから恥ずかしいっての!」



「ぶふっ、それ酔って公園にある動物の乗り物にまたがる度に言ってた!! あのバネで揺れるやつ! それで酔ってるから時々振り落とされて『しるばーにうらぎられた…』ってシクシク泣いてさぁ」



「「「あったあった」」」



「だからアイツ俺の背中でも暴れてたのか…」



 大学時代に乗っていた公園の動物と同じ扱いだったと今更ながらに知ってショックを受ける同期の男性を見てまた皆が笑う、少しどころではなく騒がしくしていたが、アイル自身も常連で店内にいる大半はアイルと事件の事を知っているので何も言われなかった。



 むしろアイルの酔った姿を見た事のある常連客や店員は可愛いらしいが酒癖の悪い常連の姿を思い出して一緒に笑ったりしんみりしている。

 基本的に文句を言いながら3杯で我慢していたが、こっそり追加注文することに成功して酔っ払った姿も時々見られたのだ。



「あははは…、はぁ…、そういえば判決出たのは聞いたかな?」



 一頻ひとしきり笑って同期の女性がふと真面目な顔になった。



「ええ、今日愛留にお線香あげてきた時に愛留のお母さんから教えて貰いました」



「愛留先輩の一生を奪っておいてたった13年だなんて…!」



 1年以上掛かった裁判は13年の実刑判決が出た、加奈子がゴネて二審までやったせいで予定よりも長く掛かった。

 弁護士に言われたのか「殺すつもりは無かった」の一点張りだったが、アイルと加奈子の元恋人である亮太が証言台に立った事によりその主張はくつがえされた。



 最終的に二審の判決が出た時は「あの子がやっと居なくなったのにどうして私は幸せになれないの!」と叫ぶ加奈子が引き摺られる様に法廷から出され、加奈子の両親はその場で泣き崩れたという。

 良い子のフリをした娘に騙され、お金は掛けても手間を掛けずに放任主義で育てたツケを払う事になったのだ。



「森川なら『出所する頃にはオバさんになってるわね、ざまぁみろ』とか言いそうだけどな」



「ふふっ、確かに言いそうですね」



 同期の男性の言葉に後輩が笑うと、しんみりした空気が再び明るいものに変わる。

 その後、全員で連絡先を交換してまた一緒にアイルの話をしながら飲む約束を交わしてお開きとなった。

 女性達が全員帰るのを見送り、同期の男性はため息を吐く。



「あの男と付き合うか相談された時、『ここに良い男がいるのに見る目無いな』じゃなくて『森川が好きだから俺と付き合ってくれ』って言ってたら…、まだここにいてくれたのかな…」



 瞬きと共に流れ落ちた涙を乱暴に手の甲でぬぐうと、想いを断ち切る様に歩き出した。

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