第387話 マタニティショップ

「うっわぁ~、小さ~い! 可愛いなぁ」



「本当だね、サイズが合うならアイルに着せたいくらいだ」



「…………」



 馬鹿な事を言うエドにジトリとした目を向けたが、全く意にかいさずニコニコと笑っている。

 エドが結婚祝いの分も赤ちゃんの物を贈ると言うので、私とエドはトレラーガの繁華街のとあるお店に来ていた。



 マタニティ服から子供服まで揃っていて、中にはヒラヒラの赤ちゃん用ドレスなんかも置いてあってとても見応えがある。

 そしてその赤ちゃん用ドレスを見て先程の会話をしたのだが、エドが甘ロリとかゴスロリとか知ったら着せられそうで怖い、教えて無くて良かった。



 ハッ、だけどビビアナの子供が女の子だったら着せたいかも!

 エドに教えたら嬉々として自分の商会に作らせてくれるだろうけど、私にも被弾するのは覚悟しなければならないだろう。

 ………よし、この件は産まれた子が女の子だったらその時に改めて考えよう。



「とりあえず今なら赤ちゃんの物よりお腹が大きくなった時に着られる服の方が喜ばれると思うなぁ。そういえばこっちには腹帯とかあるのかな?」



「はらおび? 聞いた事が無いな」



「安産の為だったかな? お腹が大きくなって重くなるから支えられて腰が楽だって友達は言ってたけど…、こっちの人は身体つきがしっかりしてるから必要ないのかも。ビビアナなんて特に筋肉がしっかりついてるから必要ないか」



「確かにアイルの様な細腰ならば支えが必要になりそうだね」



 エドはそう言って私の腰に手を回してスルリと撫でた、思い切り手の甲をつねられても笑顔を崩さないのは流石さすがだ。

 抓ったまま捻りを加えたらやっと腰から手を離した、全く…油断も隙も無い。



「いつになるかわからない先の事よりビビアナの事を考えてね! 産まれるのは冬だろうからお腹が目立って来るのは夏かなぁ。まだ冬物は並んで無いよね」



 キョロキョロと店内を見回していると、店主らしきおじさんがやって来た。

 そういえばさっきまでエドを見てソワソワしていた女性店員がおじさんの後ろに控えている、きっと店主を呼んで来たのだろう。



「これはこれは、『エストレジャ商会』の商会長殿ではありせんか。 そちらの方はもしや噂の賢者様では? 私はこの店の店主のオバンドと申します。 …ハッ、そういう事ですか! おめでとうございます!」



「違うよ!? 結婚した仲間が妊娠してるからだから!」



 私とエドの関係を勘違いしたのか、オバンドはいきなりお祝いの言葉を掛けてきた。



「ははは、オバンド殿、そうであれば嬉しいんだが、残念ながら違うのだよ」



「おや、お似合いで仲が良さそうでしたのでてっきりそうかと…、早とちりでしたかな、ははは。何かお探しの物はございますか?」



 機嫌良さげに残念がるエドの様子を見たからか、オバンドは商機を察知したらしくヨイショした。



「冬に出産する妊婦の為の服を探していたんだが、時期的に難しいだろうか?」



 出されたら全て買いそうな程上機嫌になったエドを見て、オバンドは今にも揉み手をしそうな程愛想の良い笑顔を浮かべる。



「奥の倉庫にありますからすぐにお待ちしましょう、その方の身長と体型はどの様な?」



「えっと、身長はこのくらいで細身なの。でも弓使いだから肩はしっかりしてるかな」



 エドを身長計代わりに高さを表す。



「わかりました。 おい、聞いていたな? 条件に合う春から冬用の妊婦服をすぐに全て持って来るんだ」



「は、はいっ!」



 目の奥が笑っていないオバンドに笑顔で命令されて、女性店員は慌てて店の奥へと向かった。



「ではアイル、その間に他の物を見ようか。後は何が必要かな?」



「えーと、確か友達はお腹が大きいと寝る時に大変だからって抱き枕買ったって言ってたかな、横になって足を乗せると楽なんだって。でも今あっても邪魔かな?」



「賢者様、抱き枕とは?」



 問われて振り返るとオバンドの目がギラギラしていた、エドの方をチラリと見ると、こちらも興味深そうにしている。



「う~ん、コレも商業ギルド案件かなぁ、それとも枕自体はあるんだから必要ないかな? エド、どう思う?」



「…ただの役割の違う枕というのなら必要なさそうだが…、アイルの事だからそれに付随するアイデアがあるんじゃないのかい? その場合商業ギルド的には登録して欲しいと言いそうだけどね」



 顎に手を当てて少し考えてから答えるエド、仕事の事を考える真面目な姿は悔しいが格好良く見えてしまう。



「そっか、普通の枕を使ってる人は既に居るだろうから登録の必要は無いか。それにアイデアというか、枕のカバーの柄が違うだけなら態々わざわざ登録しなくても良いよね? 面倒だし」



「なんと…、儲けのチャンスを面倒だからと逃すのですか!?」



 私の言葉に驚くオバンド、だって今から商業ギルドに行って手数料を引き上げ様とする職員を説得しながら登録するのは疲れるのだ。



「だってただ人と同じくらいの大きさの枕ってだけだし、そのカバーの柄を物語で人気がある登場人物の絵や、人気の役者の姿絵にするってくらいだし…。あっ、その場合ちゃんと作者や役者だと本人に許可貰って売上の一部渡すとかしないとダメだよ!?」



「流石賢者様! 素晴らしいアイデアです!」



「という事はアイルの姿絵の抱き枕を作れば一緒に眠る気分を味わえるという事か…!?」



 エドが驚愕に目を見開き、口元を押さえながらブツブツと恐ろしい事を言い出した。



「エド、作らないでね!?」



「ははは、わかってるよ。ほら、妊婦服が来たよ、選ぼうか」



「え? あっ、うん!」



 女性店員が大量の服を抱えて戻って来たのでビビアナの為に妊婦服を吟味していた私は、オバンドとエドがアイコンタクトを交わしていた事に気付く事は無かった。

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