第386話 もっと親密に [side エドガルド]

 トレラーガに帰って来た日は夕食以外でアイルと会えなかった、アルトゥロの身体が成長してきて私を捕まえる筋力が日増しに強くなって来ていると実感する。

 ベッドの上で頬を染めて可愛かったアルトゥロはどこへ行ったのだろう。



 翌日、アイル以外の『希望エスペランサ』パーティは冒険者ギルドの依頼で山へ向かったらしい、これで昼食はアイルと2人きりが約束された、仕事にも熱が入るというものだ。



 朝と夜のハグはすっかり習慣から抜けてしまった様で、今求めると警戒されてしまいそうだ。

 昼食の時間になり、アイルの顔を見た瞬間閃いた。

 私から触れようとすれば警戒されるかもしれないなら、アイルから触れて貰えば良いと。



 そして亡くなった両親を話題に出しておやすみのキスをして貰う約束を取り付ける事に成功した。

 両親を利用してしまった事に関しては少々申し訳ないが、きっと私の幸せの為なら許してくれるだろう。



 夕食時にはホセにおやすみのキスをしてもらえると自慢してやった、悔しそうに歪んだ顔を見るのは痛快だ。

 しかし夜に予想外というか、望んだ事だが心の準備をしていなかったせいで失態を冒した。



 以前アイルに聞いた異世界の夜着を再現したものをアイルの部屋のワードローブに忍ばせておいた。

 フードに動物の耳がついていて、被ると顔と手足以外はモコモコした手触りの良い冬用夜着、その話を聞いた時は角兎の柔らかな毛皮であればアイルが手に取る可能性があるのではと思い特注で作らせたのだ。



 しかし、あれほど愛らしくなるとは…!

 以前幻影魔法で獣人の姿になった時も可愛らしいと思ったが、全身白くてふわふわしたしたアイルの愛らしさを舐めていた、むしろ実際に舐めたかった程だ。



 本来ならば本当は覚えてないが、「母には頬にキスされていた」と言い張ればアイルは頬にキスしてくれただろう。

 せめて額にしてほしかったが、あまりの可愛いさに興奮してうずくまってしまったせいで頭にされてしまった。



 数少ないアイルの唇の感触を味わうチャンスが減った事に気付いてやり直しを要求しようとしたら、再びアルトゥロに執務室へと引き摺り込まれた。

 そしてあまり調子に乗って要求ばかりしていたら愛想を尽かされるから控える様にと説教までされるというオマケ付きだ。



 アイル滞在3日目、今日も急ぎのというか、ウルスカに行くために放置した仕事を消費している。

 料理長には出来る事を出来ないと言い張ってでもアイルを引き留める様に言ってあるからすぐにウルスカに帰ってしまう事は無いはずだが、私が書類に埋もれている間にアイルが他の男と一緒にいるというのが我慢出来ない。



 一応料理人達は全員既婚者だから何も心配する事は無いが、親しげに話しているのを(覗き)見ると嫉妬してしまうというのが本音だ。

 しかし料理人達と親しくなったからこそアイルが快く指導を引き受けてくれているというジレンマが発生する。



 とりあえず明日の午前中には仕事がひと段落する予定だからアイルと一緒にビビアナ達のお祝いを買いに行くのだ、同じ屋敷にいるというのに顔を合わせて会話出来るのが食事の時だけというのは生殺しだ。



 おやすみのキスは昨夜の様にすぐに行ってしまう可能性が高い、眠そうにするアイルは可愛いが眠いのに寝られないのは可哀想だからな。



 昼食の時にアイルから食材は自分で準備するから指導した料理の完成度確認を兼ねて帰りに食べる料理を作っても良いかと聞かれた、そんなものアイルが屋敷に滞在してくれるのならば拒否する理由など無い。



 ホセは食事が遅れるとうるさそうだから、通常の食事に影響が無ければ好きにして良いと言うと、アイルは「確かにホセなら文句言いそうだね、あはは」と笑っていた。

 やはりアイルにも面倒な奴だと思われている様だ、アイルに世話ばかり掛けているのだから当然だろう。



 次の日の午後からビビアナ達のお祝いを買いに行くから一緒に選んで欲しいと言うと、アイルはとても喜んでくれた。

 私とのお出掛けをこんなに喜んでくれるなんて、やはり屋敷に滞在してもらって正解だったな。



 昨夜はエンリケ以外の男達が娼館へ行った事はエロイ達から報告を受けている、その事をアイルが知っているという事も。

 今回ホセが完全に私の恋敵ですら無くなったとはっきりわかったのは大きな収穫だ、相変わらず目障りなのは変わらないが。



 しかし夜に残念な出来事があった、なんとアイルが毛皮の夜着ではなく普段の服装でおやすみのキスをしに来たのだ。

 気に入らなかったのかと聞くと、「だってエリアスとかホセに見られたら揶揄からかわれそうだし、恥ずかしいもん」と頬を染めたのは眼福だったが。



 おやすみのキスは残念ながら頬ではなく額だった、しかしトレラーガへの道中の夢では感じられなかった柔らかくしっとりした唇の感触をしっかりと胸に刻んだ。



 アイルと出掛ける当日、何としても仕事を終わらせなければと集中して執務に励んだ、昼食の時間になり積み上げられていた書類が机から無くなった事にホッと胸を撫で下ろす。

 そしてその直後、にっこり微笑んだアルトゥロの口から信じられない言葉が発せられた。



「お疲れ様でした、これでこの先3日程余裕が出来たのでアイル様のお見送りも行けますね」



「は…? ここまでの物全て今日の午前中に終わらせないと出掛ける時間が作れないと言ってなかったか?」



「そうですね、アイル様と出掛けた後に浮かれたり落ち込んだりしてエドガルド様は仕事が手につかない場合がありますので、その分を計算に入れたまでです」



「な…ッ!」



 だったらあの毛皮の夜着を着たアイルと一緒にお酒を飲む時間があったという事か!?

 確かにアイルと出掛けた後は少々仕事が手につかない事もあったが、再びアイルが私の前であの夜着を着てくれる保証は無いというのに…!

 文句を言おうと口を開きかけると、先にアルトゥロが口を開いた。



「ちょうど昼食の時間ですね、今日はパスタ料理だそうですよ、食堂へ参りましょう」



 そのまま執務室を出て行ったせいで怒るタイミングを逃して悶々としていたが、食事中の楽しい会話で気分が上昇した。

 さりげなくソースを口に付けてアイルに拭いてもらい、私と違い気付かずソースを付けているアイルの口元を指で拭いソースを舐めとった。



 アイルの大きな目が驚きで更に大きく見開かれ、次の瞬間には何かを考えている様に数秒固まってからにっこり微笑んだ。



「エド、私は子供じゃないからそういう事はしなくていいからね?」



 そう言ってまだ少し残っていたソースを自分で拭き取るアイル。



「子供じゃないからしたんだよ?」



 普段子供扱いをされて怒ってはいるが、その反面安心もしているのは気付いている。

 少しでも私を男として意識してもらえる様に、慣れない言葉に照れるアイルを余裕気な微笑みを浮かべて見つめた。



 アイルは落ち着いた大人の男の方が好みの様だから、午後のお出掛けでもこの早鐘の様に脈打つ心臓を悟られない様に気をつけよう。

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