第385話 エドの依頼(3日目)

 昨夜のおやすみのキスは普通の服でしておいた、エンリケに「あのウサギの夜着は寝る直前に着れば良いんじゃない?」と目から鱗な事を言われたからだ。



 エドにはもの凄くガッカリした顔をされてしまったが、エリアスとホセに見られたら何を言われるかわからないのでそれを回避する方が大事なのだ。



 今日の午前中にはエドがすぐに片付けなきゃいけない仕事が終わるから、午後からビビアナ達のお祝いを買いに行く予定。

 ウルスカへの帰りに食べる料理を作る件は快く了承してもらえたし、正直これで依頼料が発生していると思うと申し訳ないくらいである。



 一応食材は私が準備したものを使ってはいるけど、自分がやりたい事やってる訳で・・・。

 ハッ、もしやこれもエドの計算とかじゃないよね!?

 私が申訳ないって思う事をわかっていて許可を出しておいて、この事を匂わせながらお願い事を言い出す・・・、あるかもしれない。



 エリアスに指摘される前に気付けただなんて、私ってば結構成長してるかもしれない。

 もしもこの事で何かお願い事を言い出したら、だったらすぐに帰るって言っちゃうもんね、ふふふふふ。



「アイルさん? ケチャップはこれくらいになればいいですか?」



「そうそう、それくらい水分が無くなったらパスタを混ぜて良いよ、煮詰めると香りが変わるでしょ」



 今はナポリタンを作っている、ついでに今日の昼食も同じものを作る予定だ。

 美味しいナポリタンはソーセージとマッシュルームと玉ねぎとピーマンが不可欠、材料の組み合わせで旨味成分が増えるらしい。

 そしてパスタは太め、ケチャップはまとまるくらい水分を飛ばすとお店のナポリタンの香りになる。



「いい匂いですねぇ、食欲をそそられます。それにこの色も良いですよね、このオレンジ色にピーマンの緑が映えて・・・、冬にも夏野菜を使ってるなんて不思議な気分です」



 料理人の1人がパスタを投入し、炒めながら混ぜつつ胸いっぱいに香りを吸い込んだ。



「時間停止のマジックバッグは白金貨が必要なんだっけ?」



「そうですね、今や国宝扱いと言っても過言じゃないでしょう。代々商人をしている家系であれば持っていても不思議じゃありませんが、そういう商家は大商人となっています。その分盗賊に狙われたりするので危険も大きくなるんですけどね。・・・ん、美味い」



 料理長が出来上がった分の味見をして満足そうに微笑んだ。 

 しかし私は無常にもその出来上がったナポリタンをストレージに収納。



「冷めちゃうから出来たらどんどん収納していくからね! まずはこのお皿の分を作って、その後今日の昼食分作るからよろしく!」



「「「はい!」」」



 フライパンのサイズ的に1度に3皿分しか作れないが、積み上げてあるお皿は30枚。

 コンロは6くちあるけど人数は4人、つまりは昼食分を考えると1人最低3回は作らなければならないのだ。



 冬だというのに汗を掻きながら全てのナポリタンを完成させた、気付けばいつの間にか料理長が溶き卵でふんわりたまごのコンソメスープやサラダを完成させていた。

 同時進行でいつくもの料理を作ってしまう辺り流石さすがプロだと思わされる。



「アイル様、エドガルド様が食堂に来られました」



 良いタイミングでアルトゥロが知らせに来た。

 カトラリーは既にメイドさんが並べているはずなので私は盛り付けられた料理をストレージに入れて運ぶ。



「はぁい、すぐに料理運ぶね。じゃあ皆、午後はゆっくり過ごしてね」



「はい、アイルさんはお買い物楽しんで来て下さい」



「ありがとう」



 午後は私がエドと出掛けるので必然的に料理人達は食事の後に食器を片付けたら夕食を作るまで自由となる。

 エドと午後の予定を話しながら食事をした、もちろんさっきまで作っていたナポリタンだ。



「ふふっ、エド、口の端が染まってるよ」



「おや失礼、自分では見えないから拭いてくれるかい?」



「………」



 無言でジトリとした目を向ける。



「頼むよ」



 めげずにニッコリ微笑むエド、ため息を付いてナプキン片手に手を伸ばす。



「はぁ…、本当にエドもホセも甘えん坊さんになったよねぇ」



「甘えん坊さん……ふふっ、そんな事を言われたのは初めてだよ。アイルから言われるのなら悪い気はしないな」



「褒め言葉じゃないからね!?」



「ククッ、わかっているよ。それよりアイルもソースが付いているのに気付いているかい?」



「えっ!? そういう事は早く教えてよ」



「ここに付いてる」



 ナプキンで口をこうとしたら、それより先にエドが書類のせいで少しカサついた親指で私の口の端をぬぐい、艶っぽい微笑みを浮かべるとその親指を私の目を見ながらペロリと舐めた。

 


 驚きで固まってしまったが、頭の中はとても忙しかった。

 そういう事をしないでと怒鳴ろうとする自分と、過剰反応したら負けだから何事も無かったかの様なフリをすべきだと言う自分。

 ここで慌てたらエドのペースになってしまうのは確実である。



「エド、私は子供じゃないからそういう事はしなくていいからね?」



 にっこり微笑んで改めてナプキンで口元を拭った。



「子供じゃないからしたんだよ?」



 微笑みを崩さず答えるエド。

 少しだけ頬が熱くなったのはスープが熱かったせいだったと思いたい。

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