第384話 エドの依頼(2日目)

『いい? 言っちゃダメだからね?』



『わかってるって、アイルが知ったら気にするのが目に見えてんだからよ』



『やはりエドガルドが送り込んだのだろうか…』



『ああ、何の話かと思ったら昨夜娼館で見たっていう前に屋敷ここに居たメイドの話か。確かにアイルなら気にしちゃうかもね』



 廊下でヒソヒソと話す仲間達の声、ドアから離れていたら聞こえなかったと思うけど、ドアノブに手を掛けようとしていた私には聞こえてしまった。

 まさかとは思うけど、私に対して態度が悪かったからなんて理由じゃないよね!?



 睨まれたりキツい物言いされたりはしたけど、その現場はエドやアルトゥロには見られて無いはず。

 私に関係無く大きな失敗したとか、元々借金でもあったんだろうか。



『アイル? 朝食の時間だぞ』



 ノックの音と共にリカルドの声が聞こえ、すぐにドアを開けた。



「おはよう、ちょうど良いタイミングだったよ」



 皆が態々わざわざ気を遣ってくれたんだから知らないフリをしておこう。

 食堂に向かうと既にエドが待っていた。



「おはようエド」



「おはようアイル、あの夜着のままで朝食を食べに来てくれても良かったのに、アレを着て食事する姿はとても可愛らしいと思うんだ」



「あの夜着って?」



 エドの余計な言葉にエリアスが喰い付いた。



「何でも無いの! エリアスは気にしなくて良いから! ほら、今日の朝食はエリアスの好きな甘い厚焼き玉子サンドもあるよ!」



「あっ、本当だ、僕コレ好きなんだよね~。目玉焼きには塩胡椒なんだけどさ」



「お、こっちの焼き色付いてるのはポテトサラダにとろけたチーズが挟んであるぜ」



「俺の好きな照り焼きサンドもあるじゃないか! しかも一緒に挟んである目玉焼きの黄身がギリギリ流れ出ない焼き加減で美味そうだ」



 エリアスだけじゃなく皆の気が逸れてホッとする前に、エドとエンリケに向かって口の前で人差し指を立てて言わない様に合図した。

 エリアスが知ったら面白がって着てみて、とか言い出しそうだもん。



 幸い夜着に関して話題が出る事も無く朝食が済んで、食後のお茶を飲み終わるとエドは執務室へ、リカルド達はギルドへと向かった。

 食堂ではこれから使用人達が食事を摂る、他の人達が集まって来る前に私はアルトゥロを捕まえた。



「ねぇ、前に居た出戻りのメイドさん、あの人が今娼婦してるって本当? 私が原因とかじゃない?」



 エドに聞いてもきっと私を優しい嘘で安心させようとするはず、その点アルトゥロなら本当の事を教えてくれるだろう。



「出戻りのメイド……ああ、ミアの事ですね。彼女は元々男をたらし込むのが得意だったので適性に合った職場へ移っただけですよ、前に居た商家でも商会長親子だけでは無く従業員も騙してた事がわかってますから。本人も(娼館と知る前に職場を移る事に関しては)承諾していましたからお気になさる必要はありせん。この屋敷に来てからも素行に問題があったので僕としても肩の荷が下りた気分です」



「そういうタイプの人だったんだ…。あ、そうだ、私が聞いた事はリカルド達には内緒にしてね、私が気にするだろうからって黙ってるつもりだったみたいだし。皆が廊下でコソコソ話してるのを偶然きいちゃったんだ」



 とりあえず私が原因じゃなくてホッとした、だけどこの屋敷でも素行に問題があったって…、もしやエドに色仕掛けでもしたんだろうか。

 自惚うぬぼれる訳じゃないけど、今のエドは私にしかそういう興味持って無いから無理だと思う。



「ああ、だからそんな事を聞いて来たのですね。そんな事より厨房で料理人達が待っているのでは?」



「あっ、そうだね、引き止めてごめんね、厨房へ行ってくる!」



 気掛かりは無くなった事だし、私は私できちんとお仕事しなきゃ。

 だけど今日1日で教える事も無くなりそうなんだよね、むしろ私が教えて貰ってたりもする。

 これまで角兎ホーンラビットのワイン煮込みなんて作った事無かったもんね、もしかしてそうやって時間を引き延ばす様にエドに指示されてる訳じゃ無いよね?



「もう今日で教えられる事は全部終わりそうだねぇ」



「えっ!? いや、まだまだ教えて欲しい事がありますから!」



「例えば?」



「えっと…、例えば…えーと…そうっ、ハンバーグを肉汁たっぷりで柔らかくするコツとか!」



「それは前に滞在した時に仕上げに氷水を少しずつ足しながら練るだけって教えたよね? もう完璧だったじゃない」



「そ、そうでした…。そうだっ、餡かけの水溶き片栗粉を入れるタイミングも」



「火を止めてから沈澱しない様に水溶き片栗粉を混ぜながら回し入れて、その後火をつけて混ぜるって登録したレシピにも書いてあるよね?」



「えぇっと…、他にも…」



 目を泳がせながら何とか質問を捻り出そうとしているのがバレバレな料理長。

 コレはエドに滞在を引き延ばす様に言われているのは確実だろう。



「エドに引き延ばす様に言われてるんだね? 何日くらい引き止めろって言われたの?」



「はは…、バレてましたか…。その…最低5日は…と」



 料理長は冬だというのに額に吹き出た汗を拭いながら苦笑いを浮かべた。

 そういえばまだビビアナ達へのお祝いを買いに行ってないし、どちらにしてもエドの仕事がひと段落するまで待たなきゃいけないのか。



「だったらエドに許可貰って完成度の確認っていう名目でウルスカに帰る時に食べる食事を一緒に作って貰っていいかな?」



「はい! それならばアイルさんのお役にも立てますから喜んで!」



 こうして私と料理人達のwin-winな関係が成立した。

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