第383話 エドの依頼(1日目・夜)

「馬鹿だねぇ…」



「馬鹿だな」



「馬鹿としか良い様が無いよ」



「ぅぐぐ…」



 夕食後、私の部屋でお茶を飲みながらエリアス、ホセ、エンリケに口々に馬鹿だと言われ、すがる様な目をリカルドに向けた。



「すまないアイル、今回ばかりは否定出来ない」



「味方が居ない! 元はと言えばホセが甘えるって言い出したせいなのに…!!」



「それとコレは関係ねぇよ! おやすみのキスするなんて約束をしたのはお前だろうが!」



 ベッドに倒れ込んで嘆いてみたが、ホセに一蹴されてしまった。

 夕食の時にエドがおやすみのキスをしてもらえるとホセに自慢したせいで3人から馬鹿と連呼されてしまったのだ、余計な事を言わなくて良いのに。



「はぁ…、そのままベッドに引っ張り込まれても知らねぇぞ」



 ホセが呆れてため息を吐いたが、その心配はしなくて良いと思う。



「大丈夫だよ、そんな事したら二度とエドに近付かなくなるってわかってるだろうし。それにエドの命が危険に晒される事になるからね、ふふふふふ」



「怖いねぇ、だけど一応保護者という事でエンリケが付き添ってあげてよ」



「わかった」



 エリアスの提案にエンリケがすんなり頷く。



「普通こういうのは言い出した人が付き添うんじゃないの?」



 ジトリとした目をエリアスの向けると、胡散臭いほどに爽やかな笑顔を浮かべた。



「僕達はちょっと忙しいからさ」



 さり気なくホセとリカルドが私と目を合わせようとしていない、……あ。

 ここ10日程護衛依頼だったし、今日は久々にトレラーガの山で大物討伐採取行って来たから落ち着かないって事だね。

 エンリケは娼館には行かないから私のお目付役という訳か、私は生温かい微笑みをエリアスに向けた。



「やめて、そんな目で見ないで」



「良いよ、私の事は気にしないで行ってらっしゃい」



 ちょっと気まずそうに出て行く3人を菩薩の様な微笑みのまま見送ってあげた。



「ふふっ、アイルも中々意地悪だよねぇ」



「普段からエリアスは余計な事言うからたまには良いんだよ」



「そうだねぇ、だけどアイルもホセも揶揄からかって欲しくてわざとやってるのかと思う時があるから仕方ないとも思ってるけど」



「そんな事しないよ!?」



「そう見えるってだけだよ。それよりそろそろお風呂に入って来るからアイルも入っておいてね、ちゃんと部屋の鍵は掛けておくんだよ? 1時間くらいしたら戻って来るから、それまではエドガルドのところへ行っちゃダメだからね」



「わかった、じゃあ後でね」



 エンリケが出て行ったので鍵を掛け、中の物は持って帰っても良いと言われていた前よりも夜着が増えているワードローブを開けた。

 しかもヒラヒラの夜着に挟まれていて昨夜は気づかなかったけど、前に日本でどんなパジャマがあったのか聞かれてその時話した動物のモコモコ繋ぎが鎮座している。

 この世界にフェイクファーなんて無いだろうから、多分角兎ホーンラビットの毛皮だと思う。



「うわぁ、凄く肌触りが良い! こんなのホセの代わりに撫でても幸せになるやつだよ! ウサ耳フードに尻尾まで…、着たいけどコレを着てエドにおやすみのキスってハードルが高いよね、ぐぬぬぬ…」



 そんな葛藤かっとうした後の風呂上がり、エンリケが戻って来たのでドアを開けた。



「………可愛い格好だね? しかも凄く手触りが良いからアイルが獣化したホセやおじいさんを撫でる気持ちがわかるかも」



 エンリケはそう言って私にウサ耳付きのフードを被せて撫でた、そう、結局手触りの誘惑に負けて着てしまったのだ。

 このツナギパジャマは絶対持って帰る、そして獣化したおじいちゃんと一緒に寝れば幸せな気分になれる事は間違い無い。


 

「このふわふわにあらがうのは難しいよね…、ビビアナとお揃いで欲しいなぁ、サイズ違いも売ってるかな?」



「そろそろおやすみのキスしに行くでしょ? ついでに聞いてみれば良いよ」



「うっ、やっぱり行かなきゃダメかなぁ」



「行かない場合はエドガルドがこの部屋まで来ると思うよ」



「だよねぇ…」



 ガクリと俯くと、フードからてろんとウサ耳が落ちて来た。

 心を落ち着け様と髪を整える時の様にウサ耳をスルスルと撫でた、癒される…。



「ふふっ、毛繕いしてないでサッサと済ませちゃった方が良いんじゃ無いの? 嫌な事は先送りにした分わずらわされる時間が増えるだけだよ。きっとエドガルドも寝る準備終わらせて待ってるんじゃない?」



「そうだね、子守唄に比べたら一瞬で終わるんだし、サッサと行ってサッサと戻って来よう!」



 私は覚悟を決めてエドが居るであろう執務室へと向かった、ノックと共に声を掛けるとすぐにドアが開き、いきなりエドが崩れ落ちた。



「エド!? 大丈夫!?」



 片膝をついてうずくまるエドの顔を覗き込むと口元を押さえてプルプルと震えている。



「気持ち悪いの!? エンリケ、エドをベッドに運んであげてくれる!?」



 振り返ってエンリケに頼むが、エンリケは静かに首を振った。



「違うよアイル、エドガルドは体調を崩したんじゃなくて興奮しているんだよ、ほら」



 無表情のままエンリケが指差したのはエド、落ち着いて様子を見ると何やらブツブツ言っている。



「特注して正解だった…! アイルが獣化したホセを構う気持ちがわかってしまう、こんなに愛らしい生き物なら一晩中撫で回しても飽きるはずが無い! この愛らしい姿で私にキスをしてくれるなんて…だめだ、抑えろ私、ハァハァ」



 私はそっと立ち上がり、さっき心配した分冷めた目でエドを見下ろした。



「おやすみエド」



 約束は約束なので屈んでチュッと音を立て、俯いたままのエドの頭にキスをしてそそくさとその場を立ち去る。



「え!? アイル、今ので終わりかい!? そんな…!」



「エドガルド様、おやすみのキスをして貰えて良かったですね、あと20枚片付けたら寝られますから頑張りましょう」



「いや、アルトゥロ…待…っ」



 執務室のドアが閉まる音を聞きながら、私とエンリケは各自自室へと戻った。

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