第358話 妊娠報告

 出産用品リストを作り上げ、朝食の後片付けをした私は、ビビアナ、セシリオ、ホセと一緒に貧民街スラムの教会へと向かった。

 目的はもちろんマザー達にビビアナの妊娠を報告する為だ。



 ホセの様に赤ん坊の頃から孤児院で育つ子もそれなりに居る、なので出産用品リストの不足や便利道具のアドバイスも貰えるだろうと私もついて来た。

 ついでに教会本部にビビアナとセシリオの結婚式で女神様の加護貰った事を知らせておいた方がいいかなぁと思ったというのもある。



 とりあえずマザー達への報告はビビアナ達からしてもらうので、私とホセは2人の後をついていく。

 礼拝堂へ入るとマザーが女神像を見上げてたたずんでいた。



「マザー、おはよう」



「あら、おはようビビアナ。皆もおはよう、今日は朝からどうしたの?」



「えっと…、その…」



 こんな風にモジモジするビビアナは珍しい、あれか、母親に報告する時の気恥ずかしさってやつかな?

 そんなビビアナの肩をセシリオが抱いて優しく撫でると、ビビアナは顔を上げた。



「マザー、あたし妊娠したの!」



「…………まぁ、まぁまぁまぁ! なんて嬉しい報告かしら! おめでとうビビアナ」



 マザーは報告を聞いて目を見開き、数回瞬きを繰り返すと満面の笑みを浮かべでビビアナを優しく抱き締めた。



「マザー、あたしマザーみたいな母親になるわね、自信は無いけど…頑張るわ」



「ふふっ、あなたの周りには助けてくれる人達がちゃんと居るから大丈夫よ。もちろん私も頼ってね、とりあえず食事はアイルに任せるのよ? 特に子供の分はビビアナが作ろうとしちゃダメですからね」



 さすがマザー、ビビアナの料理の腕をよくわかっていらっしゃる。

 ビビアナもマザーの言葉を聞いて素直に頷いた、ビビアナも己を知っているのだ。

 これまでに何度か簡単な料理を練習させてみたが、汁気のあるはずの物がカラカラな上焦げ付いていたり、焼き料理だと生焼けか炭化させてしまうのだ。



「ビビアナの手料理食わせるくらいなら屋台で買ってきた方がマシだからな」



「もうっ、ホセ!」



「ぐっ」



 余計な事を言うホセの脇腹を肘で突いた、いくら本当の事でも口に出して良い事と悪い事があるのだ。



「マザー、一応教会本部にビビアナ達が女神様から祝福を受けた事を報告しておこうと思うんだけど、通信魔導具借りても良い?」



「そういえば驚きが大き過ぎてすっかり報告する事を忘れていたわ! そうね、アイルから報告してもらった方が良いでしょう、こちらへどうぞ」



「はぁい。ビビアナ達は子供達に報告に行くでしょう? 後で孤児院の方へ行くね」



「ええ、じゃあ向こうで待ってるわね」



 そうして私はマザーと通信魔導具のある執務室へと向かった、今回は1人だけなので応接室は使わない。

 そして通信魔導具を起動させて口を開く。



「こちらパルテナ王国ウルスカの教会よりアイルが連絡します」



『おおっ、アイル様! お久しぶりですね、カリスト大司教です』



『カリスト大司教! 教皇様が席を外してるからって通信魔導具を抱え込まないで下さい! 取り上げたりしませんから!』



 ……カリスト大司教は相変わらずの様である。



「えーと、先日仲間のビビアナが結婚しまして…、私が式を執り行ったんですが、その時女神様が2人に祝福を下さって加護を授かった事を報告しようと思いまして」



『おおお! 何と素晴らしい!! きっとアイル様の2人を祝福するお気持ちが女神様に届いたのでしょう!』



 興奮するカリスト大司教の周りからもざわざわと興奮している人達の声が聞こえる、執務中の教会関係者なのだろう。

 そしてドアが開く様な音が聞こえた。



『何を騒いでいるのですか? ハッ! カリスト大司教が通信魔導具それを持っているという事はアイル様から連絡があったのですね!?』



 さすが教皇、カリスト大司教の行動パターンを把握している。



「お久しぶりです、オスバルド教皇。今カリスト大司教に報告したのですが、私がパーティ仲間の結婚式を執り行った時に新郎新婦が女神様の祝福を受けて加護を授かったのです」



『それは素晴らしい! きっとアイル様の2人を祝福するお気持ちが女神様に届いたのでしょう!』



「ふふっ、カリスト大司教もそう言ってくれました。今日そのビビアナの妊娠発覚したので無事に赤ちゃんが産まれる事を祈って下さいね!」



『それはおめでたい事続きですな! このオスバルドも微力ながら無事に産まれて来る事を祈らせて頂きます』

『もちろん私も祈りますからね!』



 教皇の言葉に続いてすぐにカリスト大司教の声が聞こえた。



「ありがとうございます、ビビアナに伝えておきますね」



「教皇様と大司教様が直々に…! ビビアナは幸せ者ね」



 マザーが小声で驚きの声を上げた、そっか、軽い調子で言っちゃったけど教会の最高峰の人達だもんね。

 そして通信魔導具の向こうから聞こえる騒めきの中に不穏な言葉が混じっていた。



『女神様の祝福を受けた両親から産まれ、アイル様の側で育つのならば聖女となる可能性が高いのではないか!?』



 そんな言葉と、その言葉に同意する声も聞こえて来たのである。

 これは特大の釘を刺しておく必要がありそうだ。



「コホン。オスバルド教皇やカリスト大司教の事は信用していますが、間違っても魔法適正があるからと強引な勧誘などはしない様にしっかりと告知をお願いしますね。あと子供というのは受精した瞬間から性別は決まっています。ここでは産まれてくるまで、母子共に無事に産まれる事以上に大切な事はありませんね」



『教皇の名においてアイル様のご期待に背く様な事は致しませんとも! それにしても…賢者アドルフ様でも性別がいつ決まるのか何もおっしゃっていませんでしたが…、その様な早い段階で決まるものなのですね』



「そうですね…、少々殿方の前で話すには躊躇ためらわれる医学的な話になりますので詳しい話はしませんが、どうしても知りたければコッソリお教えしますよ」



『ふふ、我々は聖職者ですからここまででやめておきましょう、治癒師が聞いたら知りたがるでしょうね』



「そうかもしれませんね。では今回の報告は以上です」



『はい、ありがとうございましたアイル様。また何かありましたらいつでもご連絡をお待ちしております』



「はい、では失礼します」



 通信を切ったが、直前に後ろの方でカリスト大司教がまるで口を押さえられているかの様にくぐもった声を出していたのは気のせいだろうか。

 気のせいという事にしておいて、私は孤児院へと向かった。

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