第356話 おじいちゃんからの提案

 目が覚めると横には冬毛のおじいちゃんが寝ていた、ふわふわの毛に顔を埋めて感触を楽しむ。



「むふふふふ、至福のひと時…」



 思わず口から漏れた言葉でおじいちゃんが身動みじろぎした。



「あ、起こしちゃった? ごめんね、昨夜はおじいちゃんが運んでくれたの?」



 頭から背中にかけて撫でながら聞くと、おじいちゃんは起き上がってモゾモゾと布団の中に入ると、顔だけ出して人型に戻った。



「ははは、相変わらず見事に忘れておるな、私が抱き上げて連れて来たぞ。私が服を脱ぐ間はソワソワしながら目を隠して待っていて可愛らしかったぞ」



 寝そべったまま肘をついて上半身だけ布団から出ている、その状態で頭を撫でられた。

 おじいちゃんもホセも私が裸を見るのを恥ずかしがるのを知っているので下半身は見せない様に気を使ってくれている。



「えへへ、ありがとう。それにしても酔っ払っても私ってば奥ゆかしいんだね」



「奥ゆかしい、とは?」



 どうやらビルデオには『奥ゆかしい』という言葉が存在しない様だ。

 明け透けな獣人の感性のせいだろう、改めて聞かれると言葉にするのは難しい…。



「え~とね、つつしみ深いとか…う~ん…、それでいて上品だとか…そんな感じ。間違っても自分の手柄を誇ったり主張しない人に対して使う言葉かな」



「ほぅ、アイルは自分の事をそう思っているという訳だな? 皆に確認してみよう」



 ニヤリと意地悪な笑みを浮かべるおじいちゃん、慎み深いという点では間違ってないと思うけど、上品とは言いがたいし手柄を誇ったりはした事あるから絶対否定される。



「おじいちゃんの意地悪!」



「ははは、アイルが自分で言ったんじゃないか。それより昨夜アイルが頸をホセに噛まれたと言っていたが…」



 ポカポカと叩く拳は全ておじいちゃんの手の平で受け止められ、不意におじいちゃんが真面目な顔になった。



「ビルデオで公爵の罠に掛かってキツいお酒を飲まされた時だね、私が噛み付いたからってガブっと噛まれたの。ポーションか治癒魔法じゃなきゃ傷が残ったかもしれないくらいだったんだよ、酷いよね! 私はわざと噛んだわけじゃな…」



 噛まれた時の痛みを思い出してプリプリと怒っていたが、妙に真剣な顔のおじいちゃんに気付いて言葉を止めた。



「おじいちゃん? どうしたの?」



「やはりホセには責任を取らせねばならんな」



「え、いや、責任って…、治癒魔法掛けて治したから傷は残って無いし、そんなに気にしなくてもいいよ。第一責任取らせるってどうする気? おじいちゃんがホセに噛みついてお仕置きって訳じゃないよね?」



 そんな事になったら折角会えた2人の仲が悪くなっちゃいそうだし、穏便おんびんに済ませて欲しい。



「ははは、そんな事する訳ないだろう、責任を取るといえば結婚に決まっている」



「………………は?」



 耳を疑う単語が聞こえた気がする。



「結婚だ、ホセには責任を取らせてアイルと結婚させよう」



「あ、結構です」



「えっ!?」



 聞き間違いじゃなかった、手の平をおじいちゃんに向けて『やめて』と訴える。

 おじいちゃんは瞬間的にスンっと表情が抜け落ちた私に驚いた様だ。



「いやいや、『えっ!?』じゃないよ! 何で私がホセと結婚しなきゃならないの!? 噛み付かれた私がゆるしてるんだから責任なんて取らなくていいんだよ。私もホセも結婚したいと思って無いのにどうして結婚しなきゃならないの!? 私もホセも今は平民なんだから好きな相手と結婚する権利があるんだからね!」



「……そうか、昨夜アイルがホセの事を大好きと言っていたからてっきり喜んでくれるものと思ったのだが…、それに頸に噛み付いたという事はホセはアイルの事を想っているはず(ポソ)」



 ショボンとヘタった耳を見せられても今回ばかりは頷けないのだ。

 何やら納得できないみたいでブツブツ言ってるけど、そろそろ朝食の時間なのでサッサと着替えた。



「おじいちゃん、私は先に1階したに降りて朝食の準備してくるよ。おじいちゃんも服を着たら来てね、きっと皆二日酔いだからお味噌汁付きの和食だよ」



「うむ、味噌汁は美味いから好きだ」



 おじいちゃんがベッドから出る衣擦きぬずれの音を聞きながら部屋を出た。

 昨日はパーティーで皆たくさん食べたから胃に優しい方が良いよね、大根のお味噌汁にしようっと。

 台所で調理をしていたらエリアスが飛び込んで来て、すぐにリカルドとエンリケも入って来た。



「アイル! 昨夜の事は覚えてないだろうから、落ち着いてよく聞くんだよ!? おじいさんがアイルとホセをけ「ああ、ホセに責任取らせて結婚させようとしてたって話?」



「ええっ!? 覚えてるの!?」



 驚愕の表情を浮かべるエリアス、酔っ払ってる私を見てるはずだからそんな訳ないってわかってるだろうに。



「その話本当なのか…?」



 こちらも驚愕の表情を浮かべているホセ、皆匂いに釣られて起きて来たんだね。



「私は覚えてないけど、おじいちゃんに朝聞いたの。頸を噛んだから責任取らせるって言ってたよ」



 そう言った瞬間ホセの顔が面白いくらいに赤く染まった。

 酔っ払って噛み付いた事がバレちゃったのが余程恥ずかしいのだろう、この辺は獣人のならではの感覚なのかもしれない。



「それで責任取って結婚しろって言ってるのか…」



「うん、だけど大丈夫だよ、ちゃんとからって言っておいたし、傷跡が残ってる訳でもないからね。ほら、もう出来るから手を洗って食堂で座って待ってて」



 パタパタと手を振って言い、男性陣を台所から追い出した。

 食堂に移動したエリアスがホセに「残念だったね」と余計な事を言い、蹴られた事を私が知る事は無かった。

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