第322話 動き出した時間 [side ブラウリオ]

 あの日もいつもの様に行方不明になったベアトリスの誕生日に陛下がいらっしゃった、産まれた翌日に1度しか会えていない孫の誕生日にも花束と共に必ず我が家に顔を見せる。

 ベアトリスの部屋は嫁いだ後もそのままにしてあるので、この部屋だけ時間が止まっている様だ。



 陛下に嫁ぎさえしなければと思う事は何度もあった、しかし結局はベアトリスの性格上陛下が身を引いても追いかけそうだという結論に至るので陛下を恨む事は無い。

 行方不明になってから毎年誕生日になるとベアトリスの部屋で思い出話をするのが恒例となり、お茶を飲みながらもその日は何故か落ち着かなかった。



「旦那様、至急お話ししたい事が…」



 ノックと共に家令のグスマンが珍しく慌てた声をしていた。

 部屋に入る許可を出すと、陛下を気にしていたがそのまま報告させた、私にやましい事など無いからな。

 しかしグスマンのもたらした話は驚くべきものだった。



 ベアトリスと共に行方不明になっていた息子のベルトランからの手紙を冒険者が持って来たというのだ、直接渡す様に依頼されていると言っているのでどうするか、と。



「我もその者に会おう、その者達が公爵家からの回し者であったとしても現役では無いとはいえ腕は衰えて無いだろう?」



 陛下が挑発する様にニヤリと笑った。



「もちろんでございます、賊であれば陛下に指一本触れさせませんとも。グスマン、連れて来てくれ」



かしこまりました」



 グスマンは一礼して部屋を出ると、しばらくして3人の冒険者が連れて来られた。

 その内の1人は狼獣人の青年は身内の様な匂いがしていた、顔立ちからして一瞬ベルトランの息子かとも思ったが手紙を読めばわかるだろうとはやる気持ちを抑える。

 最初に口を開いたのはどう見ても1番若い、というより幼い少女だった。



「お初にお目もじつかまつります、Aランクパーティ『希望エスペランサ』のアイルと申します、こちらは仲間のホセとビビアナです。ベルトラン様の父君でお間違い…ありませんね」



 ホセという名前には聞き覚えがあった、昔ベアトリスから何度も聞いた名前だ。

 手紙を受け取って読むと目の前の青年はベルトランの息子では無いらしい、長年記憶喪失となっていて、その間に犬獣人の妻と子供が2人居る事、その子供の1人が手紙を届けた冒険者達に助けられた事、安全面を考慮して直接来られない事などが書かれていた。



 そして何より冒険者達の信用を得られたならば行方不明のベアトリスと孫の情報が更に手に入ると書かれていた。

 私としてはとりあえず息子の安否だけでもわかった事が嬉しかったが、陛下は当然ながらベアトリスと孫の事を問う。



 手紙の内容を話すと少女は人払いを条件にした。

 そして私も気付いていなかった陛下の護衛の場所を言い当て他言しない事を私と陛下に誓わせると、その途端まるで風が身体の中を吹き抜けた様な感覚に襲われた。



 何事かと身構えたが、少女は賢者と名乗り聞いた事のない言葉を呟くと、青年の髪と目の色が魔法の様に変わった、実際魔法だったのだろう。

 しかし次の瞬間青年は賢者である少女の頭に手刀を落とした、しかも結構痛そうなのを。



 頭を抱えて痛がる少女に2人は何やら話しているが、私と陛下はそれどころでは無かった。

 色が変わって雰囲気が一転した青年は明らかに私の孫であり陛下の息子だとわかり、自然と尻尾が揺れた。



 そして賢者の少女は何事も無かった様にベアトリスと孫の事を説明した、ベルトランの生存報告だけでも驚いたというの遠い異国で既にベアトリスは亡くなっており、目の前の青年が孫だという話に喜びと悲しみが混ざって混乱しそうになる。

 実際陛下は混乱して話を止めた程だ。



 そして2人は賢者の少女に呆れた目を向けて何やら言い合いを始めた。

 普通賢者であれば賢者と呼ばれて敬われるものではなかっただろうか、この2人を見る限りかなりぞんざいな扱いをされていて思わず笑ってしまった。



 ホセの声は陛下ととても似ていたが、よく見ると顔立ちは確実に私の家系だ、そしてホセに歯型が付いている事に気付いた。

 大きさからして賢者殿のものと思われる、もしやホセは幼い容姿の者を好むのだろうか、しかしそんな事は生きているという喜びの前では些細な事だ。



 頭を撫でると戸惑っている様だったが尻尾を見る限り嫌がってはいないらしい。

 その時陛下がホセの名を呼ぶと部屋の中が静かになり、陛下がホセに頭を下げて謝罪した。



 しかしホセは自分には謝罪の必要が無いと言う、どうやら楽しくやっている様だ。

 陛下が戻って来ないかと聞こうとしただけで賢者殿は即座にホセの腕にしがみついて拒否した、ホセも笑いながら賢者殿の言葉を肯定する。



 そんな2人の様子に陛下は安堵ともとれる笑い声を上げた、そしてホセのうなじに付いている歯型を指摘すると賢者殿はどうやらつがいの印の事を知らなかった様だ。

 遣り取りを見ている限りホセは満更でもない様子、しかし一体どういう経緯でそんな歯型を付けられたというのだろう、それを聞くのは野暮やぼというものだろうか。



 楽しそうに言い合いするホセ達を見て陛下もそのままにしておいた方が幸せだろうと考えた様だ、次に会えるかどうかわからないからだろう、ホセを抱きしめて幼い子供にする様に甘やかしでもあるマーキングをした。



 それを見守っていると賢者殿がホセの姉同然のビビアナは私の孫同然と言う、何を言い出すのかと思ったが、考えてみればこのビビアナという娘も孤児という事か。

 姉弟として共に過ごして来たホセだけに身内が現れたとなると喜ばしい反面複雑だろう。



 本当に養子縁組をする訳でも無いし、賢者殿の言う通り美人の孫娘が増えるというのは私にとっても嬉しい事だ。

 ホセがされている様に私もビビアナにマーキングをした、私を知っている者であれば決してビビアナに余計な手出しはしないだろう。



 いっそホセの本来の身分を伏せてここに住めば良いのではと思い提案したが、他にも仲間が居るからと断られてしまった。

 話を聞いてせめてもう暫くホセと過ごしたいと思い、領地までの護衛を依頼しようとしたが、ビビアナの結婚式が控えているから帰るという。



 家のある町にベアトリスの墓もあると言うので私も同行する事に決めた。

 陛下も行きたがったが、そんな事をすれば公爵にホセの存在がバレてしまう。

 そんな陛下に賢者殿は公爵を何とかすべきだと正論を並べて陛下を涙目にさせていた。



 その隙に私は拠点である国と町の名前、掛かる時間などをホセとビビアナから聞き出し頭の中で計算する。

 その間にも賢者殿と陛下は話をしており、どうやら王妃と面識があるらしく賢者殿のもたらした情報により、拗れに拗れていたお二人の関係に変化がありそうだ。



 そして私は何とか長男のアウレリオに家督を譲り、共に旅に出る事に成功した。

 旅は初っ端から驚きの連続だった、まず賢者殿の扱いは手の掛かる妹分の様な扱いである、本来なら王族と並ぶ扱いをされていてもおかしくないというのに。



 私は道中ベアトリスがしたであろう平民としての生活をする為、平民として扱う様に言うとあっさりと承諾された、もっと渋られると思ったのだが。

 昼食の時間になる頃にはすっかり懐かれた…と表現するのが相応ふさわしい状態で、賢者殿…アイルは私の事をおじいちゃんと呼んでいた。



 昼食はアイルの手料理で初めて見るものだった、パンと鶏肉はわかるが味付けが今までになく美味びみで、思わずおかわりを要求してしまう程だった。

 口が汚れているとビビアナも世話をしてくれたりと距離が近い、貴族であればこの様に近しく触れ合う事は少ないので嬉しいものだ。



 そしてアイルが…ふふ、人族だから仕方ないかもしれないが、人族を大猩々ゴリラ獣人と間違えていたりと色々と笑わせてもらった、途中で公爵から仕掛けられた罠の話を聞いて肝を冷やしたりもしたが。



 公爵がまだ私達の事を見張っていた事がわかり焦燥感しょうそうかんられたが、アイルは魔法であっさりと追跡していた公爵の手の者をいた。

 見張りの心配が無くなったからとアイルの提案でベルトランの住む村へと向かう事になった、短時間しか寄れないと言うが、顔を見られるだけでも嬉しい。



 お陰で2人の孫にも、ベルトランの妻にも会う事が出来た。

 どうやらアイルは獣人が好きらしく、礼をしたいと言うと獣化した私と寝たいと言い出し、ビビアナの発案でホセと3人で寝る事になった。



 宿屋で部屋をとる時にアイルがダブルベッドを3人で使うと言うと、宿屋の主人は私とホセに犯罪者を見る目を向けてきた。

 すぐにリカルドが獣化した2人と寝たいと我儘わがままを言っているのだと説明していたが、半信半疑だと思われる。



 そして夜、こんなに身体を撫で回されるのは8年前に病気で亡くなった妻以来だと思う程に激しく、優しい手にいつの間にか眠っていた。

 夜中に突然目が覚めてしまい体勢を変える為に人化した、私をベッドの端に追いやっているアイルを中央へと移動させるとホセが目を覚ました。



 ホセは私が起きているのを確認すると人化して小さな声で会話を始めた、アイルを起こさない配慮だろう。

 そして驚くべき事実を知る、アイルが既に成人しているという事を。



 私は驚いたと同時に安堵あんどした、ちゃんと成人女性だとわかってマーキングしているのだと。

 ホセがトイレで居ない時にエリアスが教えてくれた歯型を付けてアイルを泣かせた話をすると図星だったのかホセが怒り出した、ホセの声でアイルが起きそうになったお陰で落ち着きを取り戻したが。



 妻が亡くなってからずっと1人で寝ていたが、こうやって孫と語らいながら寝るというのも良いものだ、私は我儘を言ってくれたアイルに感謝した。

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