第305話 ビルデオ孤児院にて

「アイル様は治癒師なのですか?」



「へ!?」



 孤児院へと向かいながらシスタークララが聞いてきたので間抜けな声が出てしまった。

 あ、そうか、さっきカリスト大司教は診てもらう様に言ったけど、賢者とも聖女とも言って無いからか。



「まぁそんなものです、身体の不自由な子とかいるんですか?」



「はい、ここ貧民街スラムですからね、大きな怪我で働けない者は捨てられてしまうんです。あ、今は貴族の奥様とお嬢様がお忍びで視察にいらしているのでその子達はお部屋で過ごしています、お優しい方々ですので大きな怪我をしている者を見ると悲しいお顔をされてしまいますから…」



「ではそちらから行きましょう」



「え? あの…、ポーションでも治らなかったんですけど…」



「ええ、ですから案内して下さい」



 シスタークララは戸惑いながらも、カリスト大司教の紹介なせいか素直に子供の元へ案内してくれた…子供…の…?



「………大きいですね、何歳ですか?」



「彼らはまだ6歳と8歳ですよ、今来ているお嬢様が初恋泥棒と言いますか…子供達の憧れなので早く大きくなる子が多いのです、うふふふ」



「「シスタークララ!」」



 猫と羊の獣人の少年達はいきなり初対面の人間に初恋を暴露されて同時に声を上げた。

 少年達は身長だけなら私とあんまり変わらないくらい大きい。



「おい、何ボサッとしてんだ、早く治してやれよ」



 私がちょっぴり、ほんの少しだけガッカリしてるのをわかっててホセはニヤニヤしながら私の頭をペシペシと叩いた。



「わかってるよ! 頭叩かないで!」



 ベシッとホセの手を払って子供達に近付く、ホセに怒ったので機嫌が悪そうな私が近付いた事により子供達がビクッと身を強張らせた。



「大丈夫ですよ、その方はカリスト大司教様のご紹介でいらっしゃった方ですから。怪我を診てくださるそうです」



 シスタークララが子供達を安心させる様に言ったが、神経が切れて脚が動かない猫獣人は胡散臭うさんくさいモノを見る目を、手の指が3本無くなっている羊獣人はカリスト大司教の名前を聞いて顔を輝かせた。

 



「診てもらっても治らないんだろ…」



「カリスト大司教といえば4人目の賢者様に会いに旅に出たんだよね!? いいなぁ、ボクも賢者様会ってみたいなぁ」



「『治癒ヒール』、こっちも『治癒ヒール』」



「「「……ッ!?」」」



 子供達とシスタークララは目玉が溢れ落ちそうなくらい目を見開いて驚いている。



「ふふっ、賢者に会った感想はどう?」



 これがドッキリの番組だったら大成功の看板取り出すやつだよ。



「指が…ある!!」



「脚が…動く!!」



「「賢者様凄い!!」」



 子供達は手を取り合って喜んでいる、うんうん、喜ぶ姿は何度見ても嬉しいねぇ。

 シスタークララはまだ固まっている。



「シスタークララ、他の子の所に案内して頂けますか?」



「ハッ、はい! あの、アイル様は賢者様だったのですね。…不躾ぶしつけなお願いなのですが…、今来ている奥様のお話を聞いて頂けませんか? お優しい方なのですがいつも何か思い悩んでいる様に見受けられるのですが私どもには話してくださらないのです、ですが賢者様になら…!」



「あ~…、それなら通りすがりの人間って事にしておいた方が話しやすいかと。話してくれるかどうかわかりませんが、話しかけてみますね」



「いいのか?」



「うん…、皆大きいみたいだし…、お菓子は誰から受け取っても美味しいもんね。その奥様は良い人みたいだし、子供達の方は2人に任せるよ、シスタークララ、子供達は何人居ますか?」



「孤児院の子供達はこの2人を合わせて28人です」



「じゃあコレよろしく」



 ホセとビビアナに予備も合わせて35個のクッキーの包みを渡した、その内の2つをまだ喜んでいる2人に手渡す。



「もう2人共他の子達と遊べるから、この2人を他の子供達の所へ案内してくれる? 皆で一緒にクッキーを食べると良いよ」



「「はい!」」



 子供達は凄く良い返事をしてホセとビビアナを案内して行った。

 私は中庭でぼんやりとベンチに座っている女性が見える場所までシスタークララに連れて来られると、「よろしくお願いします」と丸投げされた。



 子供達は裏庭で遊んでいるらしく、女性は娘さんが孤児達と遊んでいる間はここでいつもぼんやりしているんだとか。

 離れた場所に騎士達が2人程見えるが、その他にも女性の様子を伺っている者が居るのが探索魔法でわかった。



「こんにちは、お1人ですか?」



「ええ…、あなたは?」



「教会本部へ護衛の仕事で行ってきたので帰りに獣人の国であるビルデオに観光しに来た冒険者です、これでもAランクなんですよ」



「まぁ、こんな小さいお嬢さんが? 凄いわね」



 く…っ、ここでもやはり小さいと言われた。

 だけどそれより気になっている事があるので先に聞いておく。



「ところで…、護衛の騎士以外もこちらの様子を伺っている者が数人居ますが、誰かに狙われたりします?」



 獣人でも潜んでいる者達には聞こえないであろう小声で問いかけた。



「恐らく父が私に付けている護衛…、いいえ、監視ね。本当に放っておいて欲しいのに…」



「何だか困ったお父さんの様ですね」



「ええ、父が余計な事をしたせいで夫との仲もこじれてしまったし、あの日からわたくしの心は休まる事が無いわ…」



 女性はまるで痛みを堪える様に顔を歪めて俯いた、私はストレージからお茶の入ったカップを2つ出すと隣に座って手渡した。

 躊躇ためらう女性の目の前でひと口飲んで見せる。



「私は明後日にはここからひと月以上かかる国に帰るんです、なので愚痴を吐き出すには絶好の人物ですよ」



「ふ、ふふ、そうね、だったら聞いてもらおうかしら。新婚当初は上手くいっていたんだけれど…、旦那様には側室が居たの、わたくしとは政略結婚だった事もあって側室が先に懐妊した事も納得していたわ。旦那様はわたくしの事を気遣ってくださっていたし、側室もわたくしの事を尊重してくれていたもの。だけど…」



 涼しい風で温くなったお茶を一気に煽り、ギュッとカップを強く握った。



「お父様が…、男児を産んだばかりの彼女に刺客を差し向けていたの…! わたくしがその事を知った時には既に彼女は護衛をしていた彼女の兄と共に姿を消していたわ、産まれたばかりの子供も一緒に。その日以来旦那様はわたくしに笑いかけてくれなくなってしまって…」



 ちょっと待って、凄く聞き覚えのある内容なんだけど。

 私はまさかと思いながらを鑑定して…無かった事にしたくなった。

 ビルデオ国、王妃という結果に。

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