第302話 ビルデオ王都到着

【三人称です】


「おい、起きろアイル。今日中に王都に入って孤児院覗きに行きたいって言ったのはお前だろうが」



「~~~…むにゃ…」



「あ? 何だって?」



 ビルデオのとある町の宿屋でホセに揺り起こされたアイルは寝惚けて何やら呟いた、ホセの耳でも聞き取れず、思わず口元に耳を近付ける。



「あ、ホセ、たまに食べ物の夢見て噛みつこうとするから気を付けなさいよ」



「へっ、なんだそりゃ」



 身を屈めたまま振り向いたホセが鼻で笑った瞬間、ホセの首元に激痛が走った。



「いってぇ~ッ!!」



「あーあ、やったわね…」



 以前から何度か寝ているアイルの頬をつついては指をかじられそうになったビビアナはやれやれと肩を竦めた。



「んにゃ…? マンガ肉は…?」



「馬鹿野郎! オレが肉に見えるか!? 何の肉だよ!?」



 まだ寝惚けているアイルに、血の滲む首元を手で押さえながらホセが怒鳴った。



「あれ…? 血の味がする…」



「そうだろうよ、狼獣人の血肉は美味うめぇか? ぁあ!?」



 怒りで引き攣らせた笑みを浮かべるホセを見て一気に目が覚めるアイル。



「えっ!? あ…! ご、ごめんホセ、寝惚けて噛み付いちゃったんだね、すぐに治癒魔法を…」



「いいよ! こんなのかすり傷みてぇなもんだからな! 触るな!」



「ごめぇん…」



 治癒してもらうよりも腹立たしい方が勝ったのか、ホセは治癒魔法を拒否した。

 その怒りっぷりにしょんぼりともう一度謝ったがホセは赦してくれず、アイルは反省の意を込めてその日の御者を買って出た。



「ふふふ、思いっきり歯型がついちゃってるよ? 素直に治して貰えば良かったのに、ホセは素直じゃ無いねぇ」



「うるせぇ、この傷が治るまで歯型を見る度に反省すりゃいいんだよ」



 エリアスの揶揄いにホセはプイと顔を逸らした。



「そういえばアイルの言ってたマンガ肉って、アイル達の憧れの食べ物らしいよ。大きな肉の左右から飛び出た骨を両手で掴んで齧り付くって……くくっ、ホセの首の肉が無事で良かったよね…っ、本来歯で毟り取る様に食べるスタイルらしいから…」



 エンリケはアイルから聞いた情報を伝えながら笑いを堪え切れずに肩を震わせている。



「長旅になると危険なのよね、やっぱり食べたい物を食べたい時に作って食べられないストレスかしら?」



「料理をしている時は無心になるって言ってたからな、ストレス解消が出来ていないのかもしれないぞ。まぁ…あとは夜1人にならないから酒を断っているというのもあるかもしれないが」



「「「それだ!」」」



 ホセ以外の3人がリカルドの意見に同意した、ホセとしては結局自分が迷惑掛けられる可能性が高い理由に苦虫を潰した様な顔をしている。



「やっぱりたまには飲ませてあげた方がいいんじゃないかな?」



「たまになら食前酒くらい飲んでるじゃねぇか」



「エリアスはそういう意味で言ってないってわかってるクセに。なんなら今夜飲ませてあげましょうよ、大部屋なら皆で面倒見られる事だし、ホセがネックレスを預かっていればいいんだし、久々に部屋飲みしましょ」



「はは、たまには良いかもな。俺達も護衛の間禁酒していたし、ホセもベルトランに話を聞くまで飲む気にもならなかっただろう?」



「まぁな…」



「じゃあ決まりだね! アイル~、今夜は部屋で酒盛りするってさ、6人部屋のある宿屋に泊まろうね」



 言質げんちをとったと言わんばかりにエリアスが御者席の小窓を開けてアイルに報告した。



「え!? 私も飲んでいいの!? ネックレス外して!?」



「うんうん、そうだよ~、嬉しい?」



「うん! やった~!」



「チッ」



 小窓から聞こえて来る今朝の出来事を忘れたかの様なアイルの浮かれた声にホセは舌打ちをしたが、すぐに仕方ねぇなと呟いて口の端を上げた。

 王都には午前中に到着し、門で6人部屋のあるちょっと良い宿は無いかと聞いた。



「宿~?」



 門番はチラッと馬車内を窓から覗いて獣人であるホセを見ると、横柄な態度が少し軟化した。



「広場から大通りを行って3本目の道を左に行くとB級以上が使う宿が並んでるよ。そこなら馬車も置けるだろ」



「ありがとう」



 どこの国でも大きい都市の作りは大体同じなので、アイルは迷いなく馬車を走らせる。

 門前広場から高い場所にある王城へ真っ直ぐ伸びる大通りに入り、3本目の道を曲がると確かに高級な宿が並ぶ通りに出た、ちなみに右に曲がると奥に行く程安宿になっている様だった。



 馬車のマークがある宿屋は厩舎付きの宿屋なので、冒険者らしき人達が出入りしている大きめの宿屋に決めて馬車を走らせた。

 宿屋の前まで来ると馬車を止めて小窓からリカルドに声を掛ける。



「ねぇ、ここにしようと思うんだけど、どうかな?」



「いいんじゃないか? じゃあ先に部屋をとって来るから待っててくれ、門番の態度を見る限りホセも一緒の方が良さそうだな」



「本当にタリファスとは逆なんだな、それじゃあオレも行くとするか」



 リカルドとホセが宿屋のカウンターに向かうと、50歳くらいの兎獣人の女将が対応した。



「女将、6人部屋はあるか?」



「あるよ、ウチは1人部屋から8人部屋まで揃ってるからね! 夕食と朝食付きで食べても食べなくても1人銀貨1枚、各部屋にシャワーも付いてるからお得だよ」



「じゃあ6人部屋で2泊、馬も2頭置かせてくれ」



「おや、6人なのに馬車じゃないのかい? 馬は宿の裏手に厩舎係が居るから預けておくれ、2頭なら1日銀貨1枚で飼葉も水も手入れもするよ」



「ああ、本体は別の所に保管するから問題無い」



 リカルドはカウンターに大銀貨1枚と銀貨4枚を置いた。



「そうかい、じゃあ2階の1番奥の部屋だよ。出掛ける時は鍵をここに預けてっておくれ」



「わかった。ホセ、先に部屋の鍵を開けて待っているから皆を連れて来てくれるか?」



「おぅ、わかった」



 ホセが出て行くと女将がクスッと笑った。



「何か?」



「ああいや、さっきの狼はモテそうな顔してるけどさ、、アレは人族の歯型だろう? 心配になるのはわかるけど、やるねぇ…」



 女将は「ここ」と言ってアイルの歯型のあったうなじの辺りをトントンと指で示した。



「歯型があると心配無いのか?」



「あっははは、兄さん人族だから知らないんだね、獣人が頸に歯型を付けるのは『自分のつがいだから手を出すな』って警告だよ。付けられた相手は気に入らなきゃポーションで治しちまうけど、あの狼はそのままにしてただろ? 虫除けか本気かは知らないけどね」



「そんな意味があったのか…」



その後、皆の前でホセに知っていて歯型を残しているのかと確認する事も出来ず、リカルドは1人悶々と過ごした。

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