第295話 黒豹獣人

「……それは勝手に聖女だと祭り上げられるより悲しい事ですかねぇ? 何も知らない見ず知らずの人に言われても…」



 掌を上に向けて肩を竦めるというアメリカンなジェスチャーをした、この動きってされるとバカにされてる様で結構ムカつくんだよね。



「…ッ! 失礼しました。私は聖騎士のイグナシオと申します、聖女様が孤児院に向かわれたと聞いてカリスト大司教様より案内を命じられました」



 そう言って黒髪で緑の目をした黒豹獣人はビシッと騎士の礼をった。

 ヌゥ…、まだ聖女と言うか。



「じゃあお願いします。あと私の事は聖女と呼ばないで下さい、アイルという名前があるので。あとこの2人は同じパーティのビビアナとホセです」



「……わかりました、こちらへどうぞ」



 無表情のまま頷くと、イグナシオは先導しながら孤児院へと向かった。

 屋根と床はあるけど壁が無く柱になっている渡り廊下を抜けて大きめのドアを開けると黒豹獣人の子供達がイグナシオに飛びついた。



「イグ兄! 休憩!? 遊べるの!?」



「イグ兄…、知らない人が居る。誰?」



 見た目年齢10歳くらいのヤンチャそうな顔つきの子と、5歳くらいの顔立ちはイグナシオに似て幼いながら冷たい印象を受ける美形だが、神経質そうなイグナシオと違って繊細そうという印象を受ける子だ。



「お前達、聖女さ…4人目の賢者様であるアイル様の前だぞ。前に話しただろう?」



「「わぁ…」」



 イグナシオは先程とは別人の様に優しい微笑みを浮かべて2人の頭を撫でた。

 あの手つき…、撫で慣れてると見た!

 2人はキラキラした目を向けて私の方へ小走りに近づく。



「アイル様?」



「聖女様なの?」



 小さい子の方がコテリと首を傾げた、やだ可愛い!

 だらしない顔になりそうだったけど、背中に刺さるホセの視線で何とか理性を繋ぎ止める。



「えーと…、どんな人を聖女っていうかわからないけど、カリスト大司教はそう言ってたよ」



 さすがにこんな小さな子供の言う事を全否定するのは忍びない。



「アイル様、怪我って治せる? 友達がこの前2階から落ちて歩けなくなっちゃったんだ…」



「バルト! アイル様、気にしないで下さい」



 大きい方の子が目に涙を溜めて私の手をギュッと握って言うと、イグナシオがたしなめた。



「もう聞いちゃったんだから気にしちゃうよ、その子の所へ案内してくれる?」



「「うん!」」



 両手を2人と手を繋いで引っ張られる様に3階の部屋へと連れて行かれた。

 バルトと呼ばれた少年はドアをノックすると声を掛ける。



「ベネディクト、おれだ、バルトロメだよ、入るぞ」



 そう言ってドアを開けた瞬間中から怒声が飛んで来た。



「来るな! 動けない俺を笑いに来たのか!!」



 その怒声は全然腹筋が使われていない様な力のない声だった。

 バルトは涙を零しながら縋る様な目を私に向けた、バルトの頭を優しく撫で、ついでに耳の付け根もちょっとだけコショコショして部屋へと入った。



「こんにちは」



「誰だあんた…」



 ベネディクトと呼ばれた12歳くらいの人族の少年は泣き腫らした目で私を睨んだ。

 この部屋のにおい…、しもの世話をしてもらえて無いみたい、もしかして私が来たせいで忙しくて放置されてるのかも。

 鑑定すると胸椎きょうつい脊髄せきずい損傷の様だ。



「ベネディクトの恩人…になる人、かな? まずは…『洗浄ウォッシュ』『治癒ヒール』……どぉ?」



「へ!?」



「とぉっ!」



 私は寝転ぶ様にベネディクトの足の上に布団越しに乗っかった。



「うわっ、重いよ! ……お、もい…!? 重い!! 感覚がある!!」



 ドアから覗いていた子供達とイグナシオに笑顔を向けるベネディクト、何気に重いを連呼されて心に傷を負う私。

 そんな私を見て笑うホセとビビアナに、3人で喜びの声を上げる子供達、そしてポカンと口を開けて驚いているイグナシオ。



「「ありがとうアイル様!」」



「あ…っ、本当に恩人です! ありがとうございます!!」



 2人が私にお礼を言うと、ベネディクトはベッドから降りて跪き、両手で私の手を握って額を当てた。

 ポタポタと涙が床に落ちる音が部屋に響く、私はしゃがんで目線を合わせる。



「恩人は私だけじゃないよ、友達想いの恩人に、今日までお世話してくれた恩人、自棄やけになった君の暴言を受けてくれた恩人もいるんじゃない?」



「あ……、そう…ですね…」



 ベネディクトは俯いて自嘲じちょうの笑みを浮かべた。



「迷惑と心配掛けた人達には謝罪とお礼、気に掛けてくれてた人達にもお礼を言う事ね」



「はい!」



「暫く寝込んでいたのなら足の筋肉も落ちてるはずだから少しずつ歩く様にするんだよ」



 以前夏風邪で1週間寝込んだ時ですら結構筋力が落ちた感じがしたから、いつ怪我したかわからないけど無理はしない方がいいはず。

 喜ぶ子供達を置いて、私達がそっと部屋を出ると、イグナシオが跪いていた。



「え!? 何で!?」



「ありがとうございますアイル様、治癒魔法を使えるエルフの司祭でも治せなかったベネディクトを治して頂きまして…。何よりその奇跡を目の当たりに出来た事に感謝を…! 私達兄弟にとってベネディクトは家族同然なのですが、2週間前に怪我をしてから自暴自棄じぼうじきになって何度も死にたいと言う様になってしまい、何を言っても無駄だったのです」



 そう言って私を見上げる目は、初対面の時のカリスト大司教達にとても似ていた。

 最初の嫌味な感じもムカついたけど、コレはコレで困った事にならないかちょっと心配になった。

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