第294話 アドルフの絵

 案内された部屋は2人部屋が並んだ区画だった、教会本部には他の教会から聖職者達が集まったり、時には貴族の巡礼者が来たりと宿泊施設は充実している。

 一般の巡礼者は橋を渡った町…というか都市の宿屋に宿泊するのが普通らしい。



 今は昼過ぎだが、夕食の時間に部屋に戻るのならそれまでは自由にして良いと言われているので一旦休憩してから教会内の散策か橋の向こうの街中を見に行こうと決め、今はベッドに寝転がりビビアナと話している。



「それにしても大司教の何人かはアイルをここにとどめる気満々だったわねぇ、教皇は微妙…というか読めなかったわ、やっぱり組織の頂点に居る様な人は考えを読ませない事にもけてるのね」



「うん…、ただ長居出来ないって言ったのに、それに対して答えなかったのがちょっと気になってるんだよね。一応ここに留まらない為の切り札はあるから大丈夫だとは思うけど」



「あら、そんなのあるの?」



「んふふふふ、あるよ」



「ふふ、まだ秘密なのね? まぁいいわ、その内知る事になるでしょうし」



 そう言って肩を竦めたビビアナは暗に切り札を使う状況になると言わんばかりの笑みを浮かべた。

 全員カリスト大司教みたいに大らかな人達だったらそんな事も無いんだろうけど、違うんだろうなぁ。



 果実水を飲んでひと息ついてから教会内や敷地内にある孤児院を見に行こうという事になり、男性陣にひと言言って出ようとしたらホセもついて来た、どうやらこっちの孤児院が気になる様だ。



 教会はさすが本部というか、建物が芸術的な造りになっている。

 天井や壁に女神様や関連するモチーフが絶妙な配置で描かれており、ちょっとした美術館に来ている気分になった。

 ただ、教会の人達がすれ違うたびに跪くのは勘弁して欲しい、とりあえず会釈して足早に通り過ぎる様にしているけど。



「あっ、この女神様の絵は凄く似てる! こっちにサインがあるね、あど…る…ふ? えっ!? この絵って賢者アドルフが描いたの!? 凄く上手いんだけど!」



「賢者アドルフって絵も描けたのね、治癒魔法も使えて、馬車の振動抑えるのもバームクーヘンもでしょ? 多才な人だったのねぇ…」



「賢者アドルフも治癒魔法使えたからここに連れて来られたんだな、お前も女神の絵を描けって言われたらどうするよ」



 人気ひとけの少ない一画に描かれたこの絵が賢者アドルフの描いたものだとすれば女神様に似ているのも納得だ。

 それにしてもモデルを見ながらじゃないのにこれだけ描けるって凄い才能だなぁ。



「もしも私にも描けって言われたら全力で拒否するに決まってるでしょ! このレベルで描こうと思ったら才能が無いと無理だから!」



「本気で描けるとは思ってねぇよ。お前は食う事に特化してるしな、ほら、次行こうぜ」



「食べ物に特化してると思ってるのは皆が食いしん坊のせいだって前に言ったじゃない、私だって本気を出せば知識チートで無双しちゃうんだから…。ちょっと今は食の環境を整える為にやる気が偏ってるだけで…」



「わかったわかった」



 ホセが肩を揺らしながら笑って歩き出したので、ブチブチ文句を言いながらついて行く。

 教会は規模は違っても入れ替わりで赴任する聖職者の為に造りが大抵同じだとかで、ホセもビビアナも迷いなく歩いている。

 大きな建物ではあるが、数分後には子供達の声が聞こえる区画に到着した。



「おい、獣人がいるけど過剰反応するんじゃねぇぞ?」



「えっ!?」



 ホセの言葉に思わず喜色きしよくを浮かべる。



「アイルったら、会う前からそんな事でどうするの? いきなり飛びついたり撫で回したりしちゃダメよ?」



「そんな事しないよ!? そんなのしたらエドよりヤバい人になっちゃうじゃない!」



 正真正銘の変態であるエドも、初対面の時はちゃんと声を掛けるだけだったもんね。

 抗議する私にホセは冷めた目を向けていた。



「ケッ、セルヒオによく似た事やってたクセによ」



「うぐっ」



 痛いところを突かれて言葉に詰まる。



「ふふっ、ホセったら嫉妬したからって意地悪言わないの」



「してねぇよ!」



「やだなぁ、それなら獣化してくれればいつでもたっぷりモフってあげるから言ったたたたたた! ごめんなさい調子に乗りまし…ッ!?」



 ニヤニヤしながら言ったら無言で頭を掴まれて締め付けられた。

 その瞬間殺気を感じて私達は一斉いっせいに殺気が飛んで来た方をバッと振り返ったが、人の姿は見えなかった。



「今…殺気を感じたわよねぇ?」



「ああ、恐らくオレに…だな。アイルの頭を掴んでいたのが気に入らなかったんじゃねぇの?」



「あ~…、私を聖女としてあがめてる人ならあるかもしれないね、本当にそういうのはやめて欲しいんだけどなぁ。私、女神様に感謝はしてるけど、信仰してるっていう訳じゃないからさ」



「あら、そうなの?」



「うん、ビビアナ達だってマザーに感謝してるけど、同じ様に信仰の道に進んだ訳じゃ無いじゃない? もちろん敬意は払ってるけどね」



「聖女様がその様な事をおっしゃるのは悲しいですね」



 そう言って現れたのは聖騎士の簡易鎧を身につけ、不機嫌そうに揺れる尻尾は光の加減で模様を浮かび上がらせている黒豹獣人の男だった。

 さっきの殺気はこの男だったのだと直感でわかった、あ、駄洒落だじゃれになっちゃった、ププッ。

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