第293話 教会本部到着

 遠巻きにこちらを見ながら話している乗客達、ハッキリ聞いてくれれば否定出来るのに、話し掛けては来ないので会話だけが途切れ途切れに聞こえて来る。



「やはり教会本部に…」



「冒険者ギルドに……治癒魔法が使えると…」



「今度の賢者様は聖女様…」



 昨日助けた女の子は宿泊した町までだったらしく、今朝は船に乗って来なかった。

 船を降りた時に改めてお礼を言いに来たからちょっと頭を撫でただけで抱っこも頬ずりもしてないというのに…!

 もう船室に戻りたい、でもカリスト大司教に綺麗な花の群生地が船から見えるからと誘われたのだ。



「はぁ…」



「アイル様、お疲れですか?」



「いえ…、遠巻きに噂されているこの状況が…。街中であれば移動すれば済みますけど、船の上だと船室に籠らない限り聞こえてきてしまいますから」



 思わず漏れたため息をカリスト大司教に気付かれてしまった。

 遠回しに船室に戻りたいと言ってみたが、カリスト大司教はニコリと微笑んだ。



「それならすぐに気にならなくなりますよ、ほら、見えてきました」



 カリスト大司教が指差した方を見ると、秋桜コスモスの様な色とりどりの花が咲き乱れていた。



「うわぁ…綺麗!」



「でしょう? ほら、他の乗客も今は花しか見てませんよ」



 片側の岸にしか咲いてないせいで船が傾くのではと心配になる程乗客が片側に集中している。

 しかも花が見やすい様に船も岸の近くを走航してくれているので、今は誰も私の方を見ていない。



 森が途切れたところにある花の群生地の中心に小さな池があり、陸上競技場程の範囲が花に埋め尽くされているので見応えがある。

 私も風に揺れる花をうっとりと眺めた。



「アイル様、あの花がある場所には絶対に近付いてはなりませんよ、あれは池に住まう魔物から発生している花なので不用意に近付くと…ほら」



 カリスト大司教が指差した方を見ると、森から初めて見る鹿っぽい魔物…鑑定すると雷鹿サンダーディアという、角から電気鰻の様に電気を発生させて獲物を失神させるという、草花や魚を好んで食べる魔物の様だ。

 好んで食べるだけで普通に人間を襲って食べる事もあるらしい。



 雷鹿はどこかフワフワとした様子で花を食べつつ進み、池に角を入れ様とした瞬間わにの様な魔物が池から飛び出て来ていきなり首を喰い千切った。



「あ…っ!」



 私が思わず声を漏らしたと同時に他の乗客から歓声が上がった、どうやら見せ物として喜んでいるらしい。



「あの花は精神に作用する香りを出しているのでぼんやりしているとあの様に池の主に食べられてしまうんです。たまに池の主が激闘を繰り広げていて船が通り過ぎても決着がつかずに悶々とさせられる事もあるそうですよ。どちらも魔物とはいえ、命を掛けた事に歓声を上げるのは如何いかがなものかとは思いますが…」



「そうですね、私もちょっと驚きました」



 カリスト大司教はそう言うと、見えなくなった池の方角に祈りを捧げた。

 ちょっと利用されてるのかなと思う時はあったけど、何だかんだで良い人なんだよね。

 それなりの時間を過ごしているので既に私の中では親戚のおじさんくらいの感覚になっている。



「さて、ここからは暫く見応えのあるものはありませんから船室に戻りましょうか」



「はい」



 その後、たまに支流が流れ込む地点以外本当に見るべきものが無く時間が過ぎ、宿泊する町も1本の河で繋がっているので特に文化が違うという事も無く教会本部へと到着した。

 終着地点である教会本部のある小島で降りるのは、巡礼などで教会本部に行く人と私達の一行のみである。



 船員から到着を告げられて甲板に出ると船着き場には凄い人が居た。

 あの1人だけ縦長の帽子を被って目立っている人が教皇だろうか、ご飯が食べにくそうな白い髭が生えている。



「ささ、アイル様」



 カリスト大司教が私の手をとってエスコートしようとしたけど、そんな事されたら聖女として来ましたって言ってる様なものだし。



「いえ、私はあくまで護衛の冒険者の1人として来てますので」



 少し困った笑顔で答えるとカリスト大司教と聖騎士の4人は眉尻を下げたが、頷いてくれた。



「わかりました、では参りましょうか」



 タラップを降りて教皇の前に来るとカリスト大司教達は跪いた、私達も跪くべきか迷ってけれどリカルドが立ったままだったので少し下がった場所で待機する事にする。



「カリスト大司教、お帰りなさい。あちらの方がそうなのですね?」



 教皇の目が私に向けられた。



「教皇様、只今戻りました。はい、報告致しました通り4人目の賢者であるアイル様です」



 カリスト大司教がそう言った途端におおおお、と歓声が上がった。

 100人以上居るだろうか、全員教会関係者だとわかる聖職者の格好をしている。

 思わず一歩下りそうになったが、リカルドが肩を抱いてポンポンと安心させる様に優しく叩いてくれたので何とか踏みとどまった。



 教皇は4人を立たせると私の方に歩いて来て跪いた、やめてよして跪かないで皆見てるから~!

 内心絶叫しつつもきっと挨拶するまで立とうとはしないだろうと言葉を待つ。



「賢者…、いえ、聖女アイル様、ようこそ教会本部へ。我々聖職者一同心より歓迎致します」



「歓迎ありがとうございます、どうかお立ち下さい。長居は出来ませんが、ここに居る間は私に話せる事はお話したいと思います」



 優しく見える様に微笑み、かがんで手を差し伸べると垂れたまぶたの下からキラキラとした目が向けられた、もしかして教皇も賢者フリークなんだろうか。

 とりあえず長居は出来ないってアピールしたから大丈夫だよね!?

 その後、まずは長旅の疲れを癒してほしいと高級ホテルと同じくらい立派な部屋へと案内された。

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