第296話 報・連・相

「もしや…、カリスト大司教様はこの事を見越して私を案内に…?」



「どういう事?」



 孤児院の案内を続けている時にイグナシオがポツリと漏らした言葉に首を傾げる。

 イグナシオは一瞬躊躇ためらった後、口を開いた。



「実は…アイル様がいらっしゃる前に教皇様より全員に通達があったのです。『聖女様の機嫌を損ねる事が無い様、みだりに話しかけたり嘆願するのは許さない』と。私が孤児院に行けばいつも弟達が寄って来るのをカリスト大司教様はご存知のはずですからこうなる事をわかっていて命じられたのかもしれないと…」



「あ~、それはありそう。カリスト大司教は良い人だけどやり手だもんね」



「ふふっ、そうよねぇ、道中もさりげなく会話で自分が食べたい物の話をしてアイルが無意識に出す様に仕向けてたりしたもの」



 ビビアナが爆弾発言をした、私にそんな記憶は無い。



「えっ!? 嘘! そんな事あった!?」



「ええ、本当にさりげなく雑談の途中に何度か挟むくらいだったもの、アイルが気付かないのは仕方ないわ。あたしがたまたま会話を覚えてて気付いただけだから」



伊達だてに大司教の地位にいねぇって事だな」



「……まぁ、誰も不利益が無い頭の使い方してるんだから問題無いよ。こういう粋な事するとことか、カリスト大司教の事は好きだし」



「カリスト大司教様は子供達にも周りの聖職者達にも慕われていますからね、まぁ…敵対するというか、競い合っている派閥が無くも無いのですが…」



 イグナシオは言い辛そうにしながらもポツリポツリと内情を語ってくれた。

 まず、ここの孤児院は基本的に貴族の子供が多く、それも騎士爵や準男爵の様に世襲出来ないが、身元が確かである程度の教育を受けている者が引き取られる。

 そんな訳でそれなりに貴族のしがらみや派閥争いが関わってくるそうだ。



 イグナシオも父親が騎士爵で、末っ子のアウレリオが母親のお腹に居る時に特殊個体の魔物の討伐で亡くなったらしい。

 そのショックで半月程早産でアウレリオが産まれ、母親は回復する事無く半年後に無くなったそうだ。



 イグナシオとバルトロメはある程度教育も受けていたし、特にイグナシオは騎士になる為に鍛えていたので教会本部に3人共引き取られ、イグナシオは聖騎士になる道を選んだとか。



 そんな涙を誘う家族の話をされて鼻の奥がツンと痛んだ。

 私は剣ダコでゴツゴツしたイグナシオの手を取ってギュッと握る。



「イグナシオはずっと頑張ってきて偉いね、聖騎士になったのも2人を守る為なんじゃない? イグナシオがお兄さんでバルトロメとアウレリオは幸せ者だよ。そんな頑張ってるイグナシオには…『治癒ヒール』」



「え…っ!? なぜ…あ、腕の古傷が…引きれない!?」



 2人を守る為にも元気でいてもらわなければと思って鑑定したら、左腕の上腕に深そうな古傷があったので治癒しておいた。

 バルトロメはそれなりに身体は大きくなっているが、イグナシオが居なくなったら耐えられないと思う。



「ちゃんと自分の事も大事にしないとダメだよ?」



 握ったままの右手をポンポンと優しく叩くと、その手にポツリと温かな雫が落ちてきた。

 見上げるとイグナシオが無表情のまま涙を流していて、思わず固まる私。



「え? あれ? 申し訳ございませ…っ、母が亡くなって以来そのような事を言われた事が無かったので…グスッ」



 この世界では成人かもしれないけど、まだ15歳だって言ってたもんね。

 孤児院があるとはいえ、弟達の面倒を見なきゃいけないというプレッシャーはかなりの重荷になっていたのだろう。



「もうそろそろ夕食の時間だし、部屋に戻るから案内はここまでで良いよ。イグナシオは少し休んでおいでよ、ついでに顔洗う事忘れない様にね。このハンカチあげる」



 涙を手の甲でぬぐっていたのでストレージから予備のハンカチを出して手渡した、素直に受け取り頭を下げるイグナシオ、最初の態度はどこへやら。

 まぁ、アレは私に攻撃を加えていたホセに対する殺気だったと判明したんだけどね。



「ありがとうございます…」



 涙を拭き始めたので私達は自分達の部屋へと戻った、さっきからホセとビビアナが何か言いたそうにしているけど、どうやらイグナシオが居たから我慢していたらしい。

 ビビアナと一緒に部屋へ入ろうとしたら、肩を掴まれてホセとリカルドの2人部屋へと引き摺り込まれた。



「リカルド、コイツやらかしやがったぞ」



「わわっ」



「おっと、もうか。早いな、何をやったんだ?」



 ペイっと椅子に座っていたリカルドの方へ投げ出され、リカルドが抱きとめてくれた、扱いが酷い。



「明日から間違いなく聖女扱いが酷くなる事間違い無い事しちゃったのよ、ね?」



 ニコッと微笑むビビアナ、その微笑みは大人しくお説教されなさいと言っている。



「それは…、アイル、詳しく聞かせてくれるよな?」



 リカルドは怒ってないけど、見下ろされながら聞かれると眉尻が下がってしまう。



「えっとね、半身不随で歩けなくなってた孤児院の男の子を治癒魔法で治したの…」



「あ~…それは…、アイルなら見過ごせないだろうな」



 苦笑いしつつも理解を示してくれたのでコクコクと頷く。

 その後、教皇や主な大司教と共に夕食を摂る事になったのだが、既にベネディクトとイグナシオの怪我を治癒した事は知られていた。

 口止めはしてないというか、無理だと思ったけど、しっかり上司に報告はした様だ。



 シンプルながら美味しい夕食だったが、やはり遠回しにずっと居てくれても良いんですよ、的な事を言われながらだったのであんまり食べた気にならなかった。

 こういう時こそ一杯と言わずお酒を飲んで寝たいとポロっとこぼしたらこんな場所で油断する気かとホセに叱られた、ちょっと希望が口から漏れただけだったのに…。



 油断するなという意見をもっともだと認識したのは、翌朝教会本部へ繋がる3本全ての橋の向こうに凄い人集ひとだかりが出来ているのを目にした時だった。

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