第292話 大河

「ふんふふ~ん」



「アイル様は随分ご機嫌麗しい様ですね、教会本部へ向かうのをそんなに楽しみにして頂いているのなら嬉しい限りです」



 ビルデオに行ける事が決まった翌日、船に乗り込む時にカリスト大司教に話しかけられた。

 マズイ、昨日あれからホセに「教会関係者にお前が獣人に、それも幼児にあんなに弱いってバレたら引き留める為に態々わざわざ集めてくる可能性もある。お前セルヒオみてぇなチビがワラワラ居て行かないでくれって頼まれたら断れねぇだろ? 絶・対・に、バレない様に気を付けろよ?」と念を押されたから誤魔化さないと。



「そうですね、女神様に関しての資料とかあるなら読んでみたいです。女神様はその…一方的に言う事だけ言ったら居なくなるので、どんな方かよく知りませんから」



「ははは、神託は告げて終わりですので、女神様には会話する概念が無いのかもしれませんな、色々と聞かれるかもしれませんが少しの間よろしくお願いします」



 ペコリと頭を下げるカリスト大司教、教会本部が近いからカリスト大司教の事を知ってる人がそれなりに居るせいで注目浴びてるのに、そんな事されたら余計に目立っちゃう!



「わ、わかりましたから顔を上げて下さい。ビビアナの結婚が延期されてるし、あまり長居はできませんが、私に話せる事なら話しますから」



「ありがとうございます。アイル様が穏やかな方で良かった、賢者ソフィア様は怒ると烈火の如くというのが有名な方でしたからお話を伺うのもひと苦労でしたし…」



 そう言ってカリスト大司教は遠い目をした、当時は大司教では無かっただろうし、世話係として接していたのかもしれない。

 とりあえず誤魔化せた様で良かった、内心ホッとしながらチケットを買った個室へと向かう。



 この船の夜の航行は海と違い岸にぶつかる危険性があるので、必ず町に寄って宿泊する為ベッドのある部屋は無く、椅子とテーブルの置かれた個室で寛ぐ事になっている。

 今回は団体が使う個室と呼ぶには大きい部屋だ、教会本部が近付くと信者が多くなるが、反教会派も必然的に現れて教会関係者を狙う事が増えるので個室を準備したらしい。



 そんな訳でここから先は出来るだけ一緒に行動しようという事になっている。

 エクトルが言っていた様に緩やかな流れなせいか船は殆ど揺れる事無く進んでいる、教会本部は上流にあるらしいのだがエンジンの代わりをする魔道具があってさかのぼれるとの事。



 この河はいくつもの支流が合流して出来ていて時々水の色が変わるというので、支流との合流地点に近付くと外に出て景色を眺めた。

 面白い事に支流からの水と本流の水の色が違って時々色が分かれている。



 これぞ正に清濁併せいだくあわせ呑むというやつだね、海じゃなくて河だけど。

 本流は濁っていて砂の様な色をしているが、支流は透明だったり緑だったり、時には石灰が含まれているのか白濁したものまであった。



 だけど所詮延々と河が続いているだけなのですぐに皆飽きてきた。

 私は結構好きなのでちょこちょこと外に出ては景色を眺めていたが、他のメンバーは仕方ないから私のお目付役としてついて来ているといった感じで既に景色より私を見ている時間が長い。



 なぜお目付役が居るかというと、船にも獣人が結構乗っているのだ、船員としても乗客としても。

 つまりは私がフラフラと手を出したりしないか心配されているという事で…。

 変質者じゃないんだからそんな事しないのに、そんな事を思いながらふと甲板を見回そうとしたら、スッとリカルドが動いて私の視界を遮った。



「? どうしたの?」



「あ、いや、なんでもない、俺も景色を見ようかなと思っただけだ」



 怪しい…。

 リカルドの向こう側を見ようと上半身を仰反のけぞる様に傾けると、そちらにまたスッと移動した。

 確実にわざと私の視界を遮っている、確信を持った私は更に仰反のけぞるフェイントを入れて腹筋を使いサッと屈む様にリカルドの向こう側を見た。



 子猫ちゃん…だと…!?

 セルヒオよりは大きいが、見た目年齢4歳くらいの猫獣人の双子の少女達が居たのだ。

 思わず一歩踏み出すと、リカルドが張り付けた様な笑顔で進路を塞ぐ。



「アイル?」



「ハッ、今のは仕方ないと思うの、子猫の獣人はただでさえ可愛いのに、更に双子ちゃんなんだよ!? あんなの誰がみても可愛いって思うよね!?」



「ハァ…、ホセの言う通り監視を付けておいて正解だったな。今のをカリスト大司教達に見られてたら大変な事になるってわかってるか?」



「はい…」



 くっ、お目付役どころか監視ってハッキリ言われた…!

 リカルドの呆れた視線を避ける様に俯いた瞬間、ドボンという水音と、少女の悲鳴、そしてその周辺の人達の声が上がった。



「いやぁぁぁ! エマ! エマぁっ!!」



「女の子が落ちたぞ!」



「船員に知らせて船を止めるんだ!」



 どうやら手すりの隙間から女の子が河に落ちてしまった様だ。

 女の子が落ちても船員に伝わるまで当然船は進み続けている、水面に小さな手が見えた瞬間咄嗟に呪文を唱えた。



「『浮遊フロート』『飛翔フライング』」



 先にエマと呼ばれた女の子を浮かせて飛んで迎えに行く、エマが浮いた瞬間船上はどよめき、私が飛んで行くと歓声に変わった。



「怖かったね、もう大丈夫だよ」



 ゲホゲホと咳き込むエマの背中を撫でながら船上へと戻ると、真っ先に双子の片割れの少女とその両親らしき2人、そして騒ぎを聞きつけて出て来たカリスト大司教を始めとした仲間達が駆け寄って来た。



「エマ、エマぁっ」



「カリナ…、うわぁぁぁん! カリナぁっ」



 双子は抱き合って泣き出した、あーあ、2人ともびっしょりになっちゃった。



「『洗浄ウォッシュ』」



 私と双子が一瞬水に包まれ、次の瞬間には清潔な状態で服も髪も乾いていた。

 周りは「賢者様だ」と凄くざわついている、双子の両親は私に何度もお礼を言って頭を下げていた。



「さすがアイル様、素晴らしいですね」



 何度もお礼を言われて恐縮していると、そこへカリスト大司教が声を掛けてきた。

 途端に一際大きくなる周りの騒めき、何だか嫌な予感がする。



 その嫌な予感は的中し、宿泊する町に到着する頃には「カリスト大司教様が教会本部に聖女様をお迎えする旅から戻った」という噂が広まっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る