第283話 心残り

「おや、無事に説得出来たんだね。お嬢ちゃん顔色悪いけど大丈夫かい? 休ませてあげたいけど急がないと船が出ちまうしねぇ」



「だ、大丈夫…」



「そうかい? アルビナから話は聞いてるだろうから、まずはアルビナの旦那の家へ案内するよ。おっと、あたしの名前はリタってんだ、よろしくね、お嬢ちゃんの名前は?」



「アイルっていうの、こちらこそよろしく」



 私は船を降りて生きている方のお婆ちゃんと合流すると、一緒に旦那さんが住んでる家に向かう事になった。

 どうやら幽霊のお婆ちゃんはアルビナという名前らしい。



「アルビナの旦那のアダンはアルビナが死んだのは自分のせいだって言って塞ぎ込んじゃって見てられないんだよ…。あたしがアルビナが言ってるって2人しか知らない話をしても、親友だったからアルビナから聞いてたんだろうって信じてくれなくて…」



「だから第三者の私が必要って訳か…」



「そういう事、手間かけさせて済まないね」



『ごめんなさいねぇ』



「イエ、オキニナサラズ…」



 あれだけ脅しておいてごめんなさいも何も無いだろう、ほぼ強制だったじゃない!

 内心泣きそうになりながらついて行くと、一軒のこじんまりとした家に到着した。



「今日は船が来る日だから漁には出てないはずだよ。アダン、あたしだよ! 居るんだろ!?」



 いきなりリタがドンドンと乱暴にドアを叩いた、しかし返事は無い。

 次の瞬間リタは躊躇ためらいなく勝手にドアを開けた。

 そういや母方の田舎に行った時、回覧板持って来たご近所さんは「こんにちは」と同時にドア勝手に開けてたっけ、田舎特有の距離感というやつか。



「なんだリタ、また妄言を吐きに来たのか」



 中に居たのは無精髭を生やした70歳くらいのお爺ちゃんだった、家はまともに掃除していないのか凄く埃っぽい。



「あたしの言う事なんて聞きゃしないだろ、だからアルビナがアルビナを見る事が出来る子を探して来たのさ」



「はぁ!? まったく…、こんな小せぇ嬢ちゃんまで巻き込んで…、しかも船の乗客じゃねぇのか? もう船は出ちまうぞ」



「だって手伝わないとアルビナがずっと私について来るって言うんだもん…」



 ニコニコしているアルビナをチラチラ見つつ言うと、アダンはグッと眉間に皺を寄せてからニヤリと笑った。



「ほぅ、じゃあ俺がアルビナに花冠を作ったのはいつか聞いてみてくれ」



 答えを求めてアルビナを見ると、笑顔なのに凄く怒っていた。



『うふふふ、どこの女と間違えているのかしらねぇ? 花冠なんて貰った事無いもの』



「ヒィッ! どこの女と間違えてるのかしらって笑顔でめちゃくちゃ怒ってる!! 早く謝って!」



 全身に鳥肌が立ち、思わずアルビナから離れると、アダンは私と私の視線の先を見比べているが、アルビナの事は当然見えてない。



「信じるしかなさそうだな…、そうだよ、俺は花冠なんて作れねぇし、当然誰かにやった事もねぇよ。アルビナはヤキモチ焼くと笑顔で怒るんだ、そんな事余所者よそものの嬢ちゃんが知ってるはずねぇもんな…」



『ふふっ、やっと信じてもらえたわね。旦那に伝言お願いね、あの日あなたが居ても私死んでいたから自分を責めないでって』



「え? どういう事?」



「何だ、どうしたんだ?」



 思わず聞き返すとアダンが私の様子を見て片眉を上げた。



「えっと…、あの日あなたが居ても死んでいたから自分を責めないでって…」



「……ッ! いいや、俺がくだらねぇ事に腹を立てて出てったせいだ! 俺が居たらすぐに医者のところに連れて行けたはずなんだ…!」



 アダンは痛みをこらえるような顔になり、ギュッ拳を握って叫んだ。



『本当に倒れてすぐ意識を失って死んでしまったの、いきなり首の後ろが痛くなったと思ったら気付いた時には死んでいたのよ。この人ったら嫌いなピーマンを誤魔化して食べさそうとしたら気付いちゃって、それで怒って飲みに行っちゃったの。その間に私が死んでしまったから……あれから好きなお酒をずっと飲んで無いのよ、バカでしょ? あれが最後に作ってあげる食事になるなら茄子料理にしてあげれば良かった』



 そう言って愛しそうに、そして寂しそうな微笑みを浮かべてアダンの頭を撫でる仕草をした。



「それ…、首の後ろが痛かったのなら脳梗塞のうこうそくだったと思う、側に居てもここの医学じゃ助からなかったよ。血栓溶かす薬も無いし、ポーションや治癒魔法でも治せないと思う…。アダンが居ても助からなかったよ」



「のうこ…?」



「血の通り道が塞がれちゃう病気、人によるけど時々手が痺れたり頭が痛かったりして、ある日突然倒れてしまうの。だから自分を責めないで、アダンがそんなだとアルビナが辛くなっちゃう」



「俺のせいで…?」



 アダンが目を瞬かせると、その度に涙がポタポタと床に落ちる。



「うん、あれが最後の手料理になるなら茄子料理を作ってあげれば良かったなんて言う優しい人なんだから、ちゃんと安心させてあげてよ」



「そうだな…、どうすれば安心してもらえるんだろうか」



『そうねぇ、リタと再婚するとか? ふふ、知ってるのよ? 子供の頃結婚の約束してた事』



 アルビナの言葉にリタが目を見開いた。



「そんな子供の頃の…!」



『うん、港町に出稼ぎに来てたアダンと私に子供が出来て結婚したけど、そうじゃなければあなた達は結婚してたんじゃないかしら? ずっと私が邪魔したんじゃないかと心のしこりになってたの』



「アダンはアルビナを愛していたわ! ううん、今も愛してるわよ、素直じゃ無いけど」



『ふふっ、そうね、愛されてた自信はあるわ。だけどこの1年アダンを支えてくれたリタに絆されてるのも知ってるの。リタがアダンを見る目に愛情が見え隠れしてる事もね。リタも旦那さんと死別して5年でしょ、彼も許してくれるわよ』



 アルビナはお茶目にウィンクした、私はアルビナの言葉を同時通訳よろしくアダンに伝えている。



「アルビナ…、リタとの事はともかく…お前が安心出来る様にしっかりする。………ッ、愛してたよ、アルビナ」



 涙を流しながら震える声でアダンが言葉を絞り出した。



『私もよ、アダン。うふふ、愛の言葉なんて何十年ぶりかしらね。もう人生残り少ないんだから最後まで楽しんで……、あら? 安心したからかしら、お迎えが来たわ。 ふふ、リタ、アダンをよろしくね、お嬢さんもありがとう』



 アルビナは1度上を見上げた後、見惚れる程綺麗な微笑みを浮かべると光に溶ける様に姿を消した。

 成仏したという事なのだろうか、安心したら腰を抜かしてへたり込んでしまった。



 立てる様になった頃には既に船は出航していて、アダンとリタが凄く焦っていたけど賢者だから大丈夫だと言うと今度は2人が腰を抜かしてへたり込んだ。

 何となく、この2人がくっつくのも時間の問題だろうなと思う、お幸せにと言葉を残し、私は飛翔魔法を使って船を追いかけた。

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