第268話 現状把握という名の夕食会

「カリスト大司教様、どうぞこちらの席へ」



 食堂に現れたカリスト大司教にエドガルドは普段自分が座っている上座を勧めた。



「いえいえ、アイル様を差し置いて私がその席に座るなど…」



 カリスト大司教からすれば賢者であり聖女でもあるアイルより上の立場を取る訳にはいかなかった、しかしアイルを上座に座らせようとしても断られるのは目に見えている。



「エドは家主なんだからいつも通りの席でいいんじゃない? カリスト大司教は教会でも孤児院の子供達と並んで食事してたんだから気にしないと思うよ。ですよね、カリスト大司教」



 お腹が空いていたアイルは座る席如きで食事の時間が遅れる事を良しとせず、エドをいつもの席へと押し出しながらカリスト大司教に確認した。



「ええ、もちろんですとも」



 そうなると必然的にエドの隣に座るアイルの向かいがカリスト大司教の席となる。

 何気なくいつもの様に斜めの位置からでは無く、アイルの真横に座るか、それとも向かいに座ってじっくりアイルを眺めながら食事をすべきかというエドガルドの悩みは解消された。



 アイルの向かいに座ったカリスト大司教はニコニコとご機嫌だ、これはアイルが自分の人柄を理解してくれていたので嬉しいからである。

 そして普段はアイルの隣にはビビアナかホセが座るのだが、今回は珍しくエリアスが座り、食事が出されて給仕が緊張しつつもアイルが商業ギルドに登録した料理である事をカリスト大司教達に説明していた。



「ほほぅ、賢者サブロー様はいくつかの調味料を伝えたというのは有名ですが、料理はあまり広めなかったと記憶しています。道中にいただいた料理もとても美味しゅうございましたし、アイル様は料理上手なのですね」



「いえいえ、賢者サブローの時代は『男子厨房に入らず』という考えが主流でしたからね、だから彼は料理を知っていても作り方がわからなかったんだと思います」



「それじゃあ料理人も女性ばかりだったのかい?」



 カリスト大司教との会話にエドガルドも参加した。



「ううん、それが料理人は男の世界だったんだよね。多分女性はひと月の間に体温が変化するから体温に合わせてどうしても微妙に味覚が変化するからお店に出す為の『いつも同じ味』っていうのが難しいからじゃないかな? 逆にだからこそ母親の料理は毎日食べても飽きないのかもね」



「へぇ、どうして女性は体温が変化するの? そんなの初めて聞いたなぁ」



 横からエリアスが質問すると、他の皆も興味深そうにアイルを見る。



「あ~…、この先は医学的な話になるし、食事中にするには向かない話だからやめておくよ」



「そうなんだ?」



 排卵日だ何だと性教育に片足突っ込んだ様な話を聖職者であるカリスト大司教の前で話す事自体はばかられたというのが本音だが、エリアスがすんなり引き下がってくれてアイルは内心安堵した。

 食事が済んで各々が自分達の部屋に戻る時、エリアスがニヤニヤしていたのでアイルが声を掛けた。



「エリアス、何だか楽しそうだね?」



「え? そう? カリスト大司教とエドガルドの水面下の戦いが面白かったからかな」



「水面下の戦い?」



 普通に和やかな夕食だったと思っていたアイルはエリアスの言葉に首を傾げた。



「だってセゴニアにアイルを迎えに行ったのはどうしてだとか、今日到着した時にハグしてたのはいつもの事なのかとか、遠回しにだけど根掘り葉掘りエドガルドを質問攻めにしてたじゃないか」



「えぇ? そう? 普通に旅の話をしてただけじゃない?」



「ぷぷっ、アイルは素直だから言葉通りに受け取ってるもんね。言葉の裏を深読みしたら中々殺伐としてたよ? 例えるなら下位貴族が上位貴族の令嬢を妻に欲しいと挨拶に行った時くらいだと思う」



「んん? 凄く緊張しそうなのはわかるけど、よくわかんない…」



「いいんだよ、アイルはそのままで。………その方が面白いし(ポソッ)」



 誤魔化す様に頭を撫でられ、微妙に納得出来なかったが階段を上るとエリアスは自室へと戻ってしまった。

 アイルも自室へ戻ろうとした時、階下からアイルを見つけたエドガルドが呼び止めて階段を上がって来た。



「食堂ではあまりアイルと話せなかったから少し話したいんだが、お茶でも一緒にどうかな? 護衛中だからお酒は飲めないだろう?」



 お酒の誘いであれば警戒したかもしれないが、お茶という事でアイルは了承した。

 そしてサロンでお茶を飲みつつ話をする。



「そのネックレス、愛用してくれてて嬉しいよ。アイルにとても似合ってるし」



「うん、普段から着けられるデザインだし、可愛いから気に入ってるの。ありがとね、エド」



 ガブリエルがプレゼントしたネックレスではなく、自分がプレゼントした方を愛用してくれている事にエドガルドの優越感は満たされていた。

 実際にはこちらの方が多くの魔法を付与したからと、ガブリエル自身にもエドガルドから貰った方を着けて欲しいと言われていたりする。



 美辞麗句に挟む様に近況報告や質問という会話を1時間程して就寝の準備の為に部屋に戻る事にした。

 エドガルドは抜かりなくエンリケとの関係やホセの態度も聞き出し、満足してアイルを部屋まで送り届けた。



「おやすみアイル」



「おやすみエド」



 軽くハグをして離れるはずだったが、明日から半年程絶対に会えなくなると思うと、ついあと少しだけ、とエドガルドは抱き締めた手を離せなくなった。



「エド? ちょ…っ、離して?」



「ふふ、離したく無いと言ったら?」



 すっぽりと腕の中に収まっているアイルがもがくと、その慌てる姿が可愛くて余計に腕に力が籠ってしまうエドガルド。

 次の瞬間バヂィッという音と共にエドガルドが崩れ落ちた、アイルの雷撃魔法である。



「全く…、エドは頭がいいくせに同じ事繰り返すんだから! そういえば初めてこの屋敷に来た時も同じ魔法使ったっけ、次は無い様にね? 今度こそおやすみ」



 しゃがみ込んで軽くエドガルドの頭を撫でるとアイルはエドガルドを放置して自室に入って行った。

 放置しても大丈夫だと前回も同じ魔法を使った時にわかっているからだが、その容赦の無い扱いを明日の出発時間をリカルドに確認しようとしたカリスト大司教達が目撃した。



 翌朝、見送りに出てきたエドガルドに、カリスト大司教達は慈愛の籠った笑顔を向けていた。

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