第267話 それぞれの印象

【三人称です】


「こちらがカリスト大司教様のお部屋になります、聖騎士の皆様は続き部屋となっている隣室をお使い下さい。夕食の時間になりましたらお声がけさせて頂きますが、何か必要な物がございましたらお申し付け下さい」



「ありがとうございます」



「いえ、カリスト大司教様をお迎え出来るのは誉れですから。では失礼致します」



 爽やかな紳士の猫を被ったままのエドガルド自らカリスト大司教達を部屋へ案内して下がった。

 前回ガブリエルが泊まった部屋だが、貴族用として作られているので広い客間の隣にはお風呂とトイレ完備の従者用の部屋がある。



 本来ゆったりした2人部屋だが、今回はベッドを追加で置いたので少々手狭ではあるが、一流の宿屋と比べても遜色は無い。

 エドガルドが居なくなった客間では、お茶を飲む為に置かれている4人掛けの丸テーブルで頭を寄せ合う様に密談を始めた。



「カリスト大司教、彼の事はどう思われますか!?」



 彼、というのはもちろんエドガルドの事だ。

 最年少のエクトルは真剣な顔でカリスト大司教の答えを待つ、カリスト大司教は数秒目を瞑ってからエクトルを真っ直ぐ見た。



「彼が只者では無いという事は間違い無いでしょう、アイル様に対する時には砕けた物言いや仕草をしていたが、私達に対してはとても洗練された…それこそ高位貴族だと言われても信じてしまう程の所作だった。アイル様に対する気持ちは本物でしょうが、我々と違い欲を孕んでいる様に見えるのが気になりますね」



「ならば…対処しますか!?」



 オラシオがグッと前のめりになった。



「落ち着きなさい、その様に性急に事を運ぼうとするから着の身着のまま教会を飛び出そうとしたのでしょう?」



「う…っ、申し訳ありません」



「ははは、個人的にはその真っ直ぐな気性は好ましいですけどね。今回はアイル様のお気持ちも確かめねばなりません、彼に抱き締められていた時にアイル様が抵抗される様子は無かったのです、片想いだと言っていましたがアイル様も憎からず想っている可能性も…」



 認めたく無いと言わんばかりにカリスト大司教は沈痛な面持ちで首を振った。



「そんな…、私の見立てではあの男はとても女性に慣れているでしょう、むしろ女性を食い物にしてきたと言われても私は信じます。あの男の毒牙にかかってしまったら、アイル様の聖女に相応しい無垢な笑顔が曇ってしまわれます!」



 幼少の頃から聖騎士となるべく己を磨き、成人と同時に入団して色々な人物を見てきたアルフレドの鑑識眼はかなり正確だとこの場の全員が知っている。



「ふむ…、だからこその片想いなのかもしれませんね。最初は年齢差があるから親類に対する感覚なのかとも思ったのですが…、アイル様は彼の事を嫌いでは無いが、性質を見抜いて求愛を拒んでいるのかもしれません。しかしウルスカの孤児院で聞いた通り、アイル様は愛情深い方ですから彼の様な者でも強く拒否出来ないのでしょう」



「ではとりあえずここに滞在している間は様子見という事ですね、何かあった時はこの町の司教に報告させましょう。その時はまたこの面子めんつでこちらに参れば良いのです」



「エクトル、お前良い事言うな!」



「いやぁ、それ程でも…」



 オラシオの言葉にカリスト大司教とアルフレドも頷き、エクトルは照れ臭そうに笑った。



 一方その頃のエドガルドはアルトゥロに見張られながら執務をこなしていた。

 アイルを迎えに行く為に飛び出した後、屋敷の者達は無事に主人であるエドガルドが戻って来るのかずっと心配していて、しかも指示を出す権限を丸投げされた部下達も大きな案件で選択を誤ったらと日増しにやつれていったので、再び同行するのは何としても阻止する気満々なのだ。



「エドガルド様、今夜もアイル様にお酒を準備しますか?」



「いや、今は依頼で滞在してるからな、きっと食前酒程度しか飲まないだろう。しかも護衛対象がカリスト大司教という大物だ、『希望エスペランサ』の他の者達も今夜は酔わない程度しか飲まないと思う。カリスト大司教の報告はもう聞いたが、それよりエンリケという男について調べられたか?」



「はい、タリファスに行った時に知り合ったそうです、特にアイル様と親しくしている訳でも無く、まるで以前から仲間だったかの様にパーティに馴染んでいるとの事です」



「ふぅん…、アイルに色目を使ってないのなら放っておいても大丈夫か…。く…っ、私も冒険者になってウルスカに向かっていたらパーティに加入できたんだろうか…! そうしたら毎日アイルの手料理を食べて同じ屋根の下で生活を「妄想より書類の確認をお願いします」



 書類を処理する手が止まったエドガルドにアルトゥロが冷めた目でズバリと言った。



「前はあんなに可愛かったのに…、身長と引き換えに可愛さが無くなってるんじゃないのか!?」



「今のエドガルド様に必要なのは情人では無く屋敷や商会を任せられる人材でしょう? なので状況に合わせて振る舞っているだけです」



 恨みがましい視線を向けるエドガルドに対してツーンとそっぽ向く姿はまだまだ子供だが、アルトゥロが屋敷や商会にとって無くてはならない人物になっているのは間違い無かった。

 時々反抗的な態度を取るのは実はまだ大切に思われているかエドガルドを試す甘えだったりするのだが、本人は無意識にやっている。



 エドガルドにしても以前の自分の愛を求めていた頃より今のアルトゥロの方が伸び伸びしている様なので今の性格も悪くないと思っており、将来的には商会を継がせようとすら考えていた。

 その後も時々願望が口から漏れているエドガルドをアルトゥロが宥めたり追い立てたりしながら仕事をこなしてしていると、給仕係が夕食の準備が出来たと知らせに来た。



 そしてそれぞれの思惑が交錯する夕食が始まる…!

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