第228話 最後の来客

 エドの料理の腕がバレリオに負けてないと知った翌日から、私はサロンで賢者研究会や色々な人達と話をしていた。

 パルテナの研究者達もセゴニアの研究者達と同じく完全に賢者オタクの集まりだった。

 そして妙に話上手でついついくだらない話にもなってしまい、気がつくと賢者アドルフの母国では黒豚やボールペンが無駄にカッコイイ単語だとか話していた。

 しかし話してて思ったけど、賢者の研究者は無駄というか雑学的な事を知りたがり、実用的な知識を欲しがるのは魔道具研究者や商人だ。



「次が最後の面会となります、お通しして宜しいでしょうか」



「はい、お願いします」



 何だかんだと貴族の来客が多い為、来客の案内は家令のレアンドロ自らしてくれている。

 そして案内されて来たのは見覚えのあるお子様達。



「久しいな、アイル! 会いに来たぞ」



「うむ! 只者では無いと思っていたがそなたが賢者だったとは驚きだ」



「王子様方、お久しぶりでございます。後程そちらの可愛らしい方も紹介して頂けますか? まずはこちらでお寛ぎ下さい」



 王太子アドルフォとグレゴリオ第2王子だ、そしてその後ろには小さな女の子の姿が。

 よし、大丈夫、ここにエドは居ない。

 彼らにとっての1番の危険人物が居ない事を確認してお子様達でも寛ぎやすいソファへと促す。

 王子達がソファに座るとレアンドロがタイミングよくお茶を出してくれた。



「アイル、この子は私達の2番目の妹でカタリーナと言う」



「おはつにお目にかかります、けんじゃさま」



「これはご丁寧に、私はアイルと申します」



 カタリーナ王女は1度立ち上がって可愛らしくカーテシーをした。

 王子達とお揃いの金髪碧眼で夏なのに二の腕まである厚手の長い手袋をしている。

 カタリーナ王女はソファに座り直すと不安そうに王太子の顔を見、それに応える様に王太子が頷く。



「アイル、今日我らがここに来たのは其方に頼みがあるからなのだ。昨日カタリーナが腹違いの姉に怪我をさせられてな…、治癒師が言うにはポーションを使っても傷跡が残ってしまうが其方の治癒魔法でなら完治出来ると聞いたのだ。カタリーナが父上に心配掛けたく無いと言うからグレゴリオと2人で其方に会いたいとワガママを言った事にしてある、カタリーナ」



「はい」



 名前を呼ばれたカタリーナ王女が手袋を外すと、ほんのり血の滲んだ包帯が巻かれていた。

 まだ4歳くらいなのにまるで腕に沿って斬りつけられたかの様な長い傷だと滲んだ血が物語っている。

 貴族女性の身体に傷があるなんて大きな問題となるだろう、ましてや王族であれば尚更。



「痛かったですね、すぐに治しますから『治癒ヒール』」



 傍に跪いて治癒魔法を使うと、痛みが引いたのか驚いて目を見開く。

 そっと包帯を外すとそこには子供特有の綺麗な肌が現れた、カタリーナ王女は部屋に控えていたお付きの侍女を振り返り、侍女は口元を両手で覆って涙ぐんでいた。



 もしかしたら王様に心配掛けたくないのでは無く、この侍女が罰せられない様にしたかったのかもしれない。

 小さいのに上に立つ者の考え方が出来ている事に驚いてしまう。

 話してみるとカタリーナ王女はとても可愛らしく、傷を治した私にすぐに懐いてくれて最終的には私の膝の上でお話しするくらい仲良くなった。



 彼らが最後の客という事もあって王子や王女に強請られるまま大氾濫スタンピードや旅の途中の出来事を話し、3人共大いに喜んでくれた。

 帰る時間になって別れを惜しむ、ぶっちゃけ自分の家なら1日くらい泊まっていけばいいじゃない、と引き留めたいくらいだ。



 エドじゃないけどお子様3人に凄く癒されて話に出て来た赤鎧をお土産として侍女に渡そうとしたら顔を引き攣らせていたのでレアンドロが伯爵家から後で王宮の厨房に送ると提案してくれた。

 王子達は本物の赤鎧を見た瞬間3人で団子状態になって固まっていたけど、ちゃんと食べてくれるだろうか。



「随分と楽しんでいた様だね」



 馬車を見送っていたら音も無くエドが背後に立った、この3日間ほぼ放置していたのだがなにやら機嫌が良い。



「だって3人共凄く可愛かったんだもん、小さい子って癒されるよね」



 私とエドだと癒される種類がちょっと違うかもしれないけど、共感はして貰えるだろうと話を振った。



「そうだね…、ただ私としてはあまり小さい子供はすぐに死んでしまうイメージがあるから王太子くらいの子供がいいかな」



 そう言ったエドの顔は微笑んでいるけど凄く悲しそうに見えて胸が詰まった。

 裏社会の組織だと訓練についていけない小さい子はどんどん死んでいったのかもしれない、そうして生き残った才能のある一握りだけが組織の一員として活躍するって漫画でよくあったもんね。



 何気なく背中を撫でると、エドは一瞬驚いてから私を抱き締めた。

 切なくなったのかと思ってそのまま背中を撫でていたら、妙に荒い呼吸音と共にエドの心の声が言葉になって漏れ聴こえてきた。



「はぁはぁ、子供と一緒に戯れるアイルはいつもより幼く見えて最高だったというのに、こんなご褒美の様な事を…! 香水なんかとは違うアイルの甘い体臭が…スゥ~ハァ~」



「『身体強化パワーブースト』」



「うぐ…っ!」



 エドの鍛えられた腹筋では本来の筋力だけでは通用しないので身体強化で鳩尾に拳を軽く叩き込んだ、そして膝から崩れ落ちるエド。

 エドの機嫌が良かったのは覗き見してたからだった様だ、ブレない変態さに思わず取った行動だが、仲間達が聞いてもきっと誰も私を責めないだろう。



「アイル様、エドガルド様、もうすぐ夕食ですので食堂へお越し下さい」



「はぁ~い!」



 執事の1人が呼びに来たので、私はエドをその場に残して食堂へと向かった。

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