第218話 足止め

「そうか、お疲れ様。じゃあ食べ終わったら行くか」



「へ?」



 あれ? 祝杯は? 皆これで助かるよ、やったねって祝杯あげる流れじゃないの!?

 宿屋でランチしつつ報告したらリカルドは頭を撫でてくれたけど、今夜はお祝いだな、とは言ってくれなかった。



「おい、何ボケっとしてるんだよ、出発するぞ」



 皆が食べ終わるとホセがサッサと宿屋から出て行く、私の荷物はストレージにあるからそのまま出発は出来るけど、自分の中の予定と違う行動に戸惑ってしまう。



「3人共お疲れ様、後はギルドに寄って要塞都市エスポナとパルテナ王都に連絡して貰ったらそのままカタヘルナを出発よ、…アイル? どうしたの?」



 ガッカリが顔に出ていたのだろう、ビビアナが心配そうに顔を覗き込んだ。



「ううん、何でもない。もう一泊していくのかと思っていたから驚いただけ…」



「アイルは作戦通りにいったお祝いをしたかったんだよね? さっきまであれだけ機嫌良かったもん…プフッ」



 私の考えを見抜いたエリアスが笑いを堪えきれずに小さく吹き出した。



「アイル、パルテナの砦の町で宿泊する事になるだろうから、そこで祝杯といこうじゃないか。なんなら2人だけで祝っても「馬車の準備出来たから早く行くぞ!」



 エドが素敵な提案をしてくれていたのにホセが途中で遮ってしまった、2人きりでは飲むつもりは無いけど、砦の町で祝杯という点については大賛成だ。

 私は気を取り直して馬車に乗り込み、カタヘルナの冒険者ギルドへと向かった。



 ギルドに入ると殆どの冒険者は出払っており依頼が終わった数組が居るだけだったが、噂を既に聞いていて興味深げに寄って来た者にはエリアスが事の顛末を話して聞かせている。

 リカルドはカウンターで連絡要請をしているので、私はギルド内にある治癒施設へ顔を出した。



 大氾濫スタンピードの時には周辺からかき集められていた治癒師の姿は無く、怪我人も今は居ない様で執務室の扉を叩いた。

 暫くすると治癒師のフェルナンが顔を出し、私の顔を見ると隈に縁取られた目を見張った。



「おや、王都へ連れて行かれた後パルテナからの使者が迎えに来たと聞いていましたがここまで戻って来れたという事は問題無さそうですね」



「うん、こっちは何の問題も無いよ。フェルナンは問題あったみたいだね、隈が凄い事になってるよ?」



「はは…、怪我人のカルテの整理や経過、それに報告書と昨日まで書類に埋もれていましたからね。やっと今夜からゆっくり眠れますよ、あなたが怪我人を治癒した報酬も計算が済んでいるので上乗せ分をカウンターで受け取れるはずで……とと」



 話している最中にフェルナンがフラついた、きっと眠気が限界なのだろう。



「邪魔してごめんね、もうパルテナに帰るからちょっと様子を見に来ただけなの。もう行くからゆっくり休んで、元気でね!」



「ええ、あなた方も」



 一緒に来ていたビビアナ達にも視線を向けて微笑み、挨拶をすると執務室のドアを閉めた、きっと今から仮眠でもとるのだろう。

 カウンターのある場所に戻るとエリアスがさっきより人に囲まれていた。

 そしてふとエリアスと視線がぶつかると、私を指差して声を上げる。



「ほら、本人が来たよ!」



「あっ、嬢ちゃん!」



「本当だっ」



 一斉に冒険者達が振り返り、先程のエリアスと同じ様に囲まれてしまった。



「頼むよ、あのカレーってやつまた食いてぇんだ」



「俺も!」



「金出すから作ってくれ!」



「何なら依頼として申請してもいいぜ」



 どうやら大氾濫の時にカレーを食べた人達らしい、向こうにはあからさまにホッとしているエリアスが。

 あっさり私を売ったな…覚えてろ!



「あ、あのね、商業ギルドにレシピ登録したから格安で誰でも使える様になってるの、だから近々食堂で食べられる様になると思うよ? むしろもう食べられるんじゃ「食ったよ! だけど何か違うんだよ!」



「確かに美味ぇけど、嬢ちゃんのヤツの方が美味ぇ!」



「むしろ食堂でカレー作ってるヤツらに嬢ちゃんのカレーを食わせてやって欲しいぜ」



 実は商業ギルドに登録したレシピは各自で改良して欲しくて基本的なレシピしか登録してなかったりする。

 私の試行錯誤が詰まったマイ寸胴鍋に鎮座するカレーには隠し味が片手じゃ足りないくらい色々入っているのだ。

 ちなみに隠し味で改良出来るという点もレシピに書かれているので食堂の料理人達には頑張ってもらいたい。



 そしてさっきからカウンターにそっとスパイスを並べながらこちらをチラチラ見ているギルド酒場の店主。

 どうやら冒険者達の熱意によりカレーを作るつもりの様だ。

 でも今から作ってちょっと寝かせてってしてたら出発時間が遅くなるよねぇ。

 一旦リカルドに出発時間の相談をし、酒場の店主にも交渉して決定した。



「よしっ! じゃあ今からギルドの酒場で鍋ひとつ分作ってからカタヘルナを出発するから、食堂でカレー出してる人達にも私の作り方公開するから知らせてきて! 人数が多ければその分美味しいカレーの店が増えると思ってね!」



 私が宣言すると、その場に居た冒険者達は蜘蛛の子を散らした様に居なくなった。

 きっと各自行きつけの店に知らせに行ったのだろう、お昼も過ぎた半端な時間だから夜の仕込みするまでに余裕があるはずだからそれなりの人数が集まるかもしれない。

 とりあえずそれまでに材料の下拵えでもしておこうかな。

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